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タカの記憶
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酩酊する殺人鬼 第一章
地面に長く伸びる影が揺れるのを見て、反射的に顔を上げると、鉄骨が一本、クレーンから外れ、俺めがけて落下してきた。
誰かの叫び声が聞こえたが、俺は動かなかった。避けようと思えばできたが、ふと、この鉄骨を腕で弾き飛ばしてみたくなったからだ。
重力に引き寄せられ、急速に迫る鉄骨をしっかりと目に焼き付け、いつも押さえつけている力を解放する。右腕を振り上げると同時に、ゴォン、という耳をつんざく重い衝突音が響き渡った。
結果――なんてことはない。俺の身体は微動だにせず、鉄骨は大きく曲がり、地面に落下しただけだ。腕にはうっすらとアザが浮かび始めたが、骨折どころか裂傷すらない。
* * *
冬の冷たい風が頬を切るように吹きつける中、急ピッチで進む、高架道路の建設現場。他の作業員たちが驚愕に目を見開きながら、俺の周囲に集まってきた。全員が、化け物でも見るような表情を浮かべている。
俺は鉄骨に目をやり、ため息交じりに口を開く。
「おいおい、お前らそんな顔すんなよ。工期も迫ってるんだ。なぁ、お互い、何も見なかったことにしようぜ?」
そう言いながら、俺は鉄骨を軽々と持ち上げ、曲がった部分を強引に元に戻す。金属の軋む音が冷え切った空気を裂き、耳に響く。連中は呆然としたまま固まっていたが、やがて無言で頷き合い、何事もなかったかのように作業を再開した。
俺もまた、心の中にくすぶる欲望を抑え込みながら、作業に戻る。ここでのバイトはそこそこ気に入っていたが、それでも俺には、退屈だった。
* * *
俺は生まれつき身体強化の異能力を持っている。この力を発動すれば、短時間ではあるが途方もない怪力を発揮し、肉体も頑強になる。やろうと思えば軽トラくらいなら持ち上げられるだろう。もちろん、能力が周囲に知られれば面倒なことになるのは目に見えている。だから普段は隠しているが、ここぞという場面では遠慮なく使っている。
この能力と筋肉質で大柄な体格を併せ持つ俺は、肉体労働ならなんでも余裕でこなせる。頭はあまり良くないことを自覚しているが、それで困ったこともない。それでも――。
こんな能力を持って生まれたからには、俺にはもっと、相応しい何かがあるはずだ。漠然とそう考えながら、今日もまた、空虚な日々を過ごしている。
* * *
その日の帰り道。いつもの居酒屋に立ち寄り、酒をたらふく飲んで店を出ると、冷たい夜風が火照った顔を心地よく冷やしてくれた。
あんな鉄骨ですら俺を殺せない――この事実を改めて噛み締め、ふらつく足取りで夜道を歩きながら、俺は軽い万能感に浸っていた。
その時だった。
「もう嫌!わああああ!!!」
突然、古びた木造の家から、男の怒鳴り声と女の悲鳴が聞こえてきた。ふらつく足のままその家に近づいてみると、雑草だらけの庭に面した掃き出し窓から見えた室内では、うずくまって怯える中学生くらいの少女にむかって、中年男が金属バットを振り下ろそうとしていた。
思わず俺は駆け出して、腐りかけた低い木の柵を飛び越えて庭に踏み入り、窓を蹴破る。室内には冷たい夜風が吹き込み、振り向いた男の顔には驚きと怒りが混じっていた。
――酒の勢いもあっただろうが、俺の行動は素早かった。
男が何やら叫んで踊りかかってきたが、バットを振り下ろす瞬間、その先端を掴み取り、軽くひねり上げて奪い取る。そしてそのまま、柄の部分を男の脇腹に横薙ぎに叩き込んだ。
ドサリ、と鈍い音を立てて床に倒れた男は、呻き声を上げながらこちらを睨みつけてくる。
「落ち着けよ、おっさん。その子は、あんたの娘か?家族ってのは仲良くするもんだぜ?」
俺は男にそう告げると、手に持ったバットを眺め、能力を発動させる。バキバキッ、と金属が軋む音が室内に響き渡る。
バットはみるみる変形し、俺の手の中で野球ボールほどの大きさに丸まった。
「こんなもんだ。俺を通報する気なら、どうなるかわかるよな?」
俺はその鉄球を放り捨て、縮こまった少女を一瞥する。少女は、ほっそりとした指の隙間から、真っ赤に腫れた目で、転がるボールを見ていたが、そこには何やら、恐怖だけではない複雑な感情が混じっているように見えた。
* * *
次の日の夜、帰り道で再びその家の前を通りかかった俺は、思わず足を止めた。
木造の家の引き戸がガラリと開き、昨日助けた少女が飛び出してきたからだ。背負っている水色のナップザックは膨らんでおり、中にはぎっしりと荷物が詰まっているのがわかる。
「昨日助けてくれた人ですよね?ありがとうございます!私、家出することにしました。」
彼女は決意に満ちた顔をしていた。昨日の怯えた様子とは別人のようだ。そして、俺の能力について興味津々に聞いてくる。
感謝されるのは悪い気分ではなかった。俺は偶然そばにあった、パン屋のアルミ看板を引き剥がし、それを能力でクシャクシャに丸めて、実演してみせた。だが、なぜか彼女に叱られ、渋々それを元に戻した。シワだらけになった看板を眺めながら、彼女がつぶやく。
「その腕の怪我・・・、ちょっと見せてくれますか?」
少女は、俺の腕に浮かんだアザ―あの鉄骨の落下の時についた―に気づき、手を当てた。その瞬間、彼女の手が淡く緑色に輝き、俺のアザはみるみる消えていった。
目を疑った。俺以外にも、こういう異能力を持つ人間がいるのか――?
「私も、こんなことができるんです。これで何とか父の暴力に耐えてきましたが、そのせいで、もっとエスカレートして・・・。」
少女の話に耳を傾けながら、俺は彼女の顔を改めて見た。腰まで届くストレートの黒髪に、すっきり整った狐顔。あどけなさを残しているが、いずれ見惚れるほどの美女になるだろうと思わせる顔立ちだった。
「私は、ちょっと離れた叔母さんのところに行きますけど、また会えるといいですね。」
初めて出会った、異能を持つ同類。
「ああ、まあ、機会があればな。」
少し名残惜しく思えたものの、俺は彼女に背を向けて、そそくさとその場を後にした。
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酩酊する殺人鬼 第二章
例えば、どこかの大金持ちが、命知らずの参加者たちを集めて、殺し合わせるようなゲームを開催していたとしたらどうだろう。負ければ終わりだが、勝てば大金持ちだ。俺の能力なら、勝利は間違いなしだな――・・・。
仮設トイレの中で用を足しながら、俺はそんな、くだらない妄想をしていた。あれから数か月がたち、季節は初夏になっていたが、俺は相変わらず、例の高架道路の工事現場にいる。ここでのバイトは、俺にとっては大して運動にもならない。もっと何か、面白いことが起こらないものか。
そんなことを考えながらトイレを出ると、何やら騒がしい。茜色の空の下、班長と作業員数人が集まって、誰かと言い合いをしている。バリケードを越えて、どこかの酔っ払いでも入ってきたのか?とりあえず俺もそっちへと向かう。
そこには、小悪魔がいた。金髪の、やたら頭部だけが大きい、女児のように見える。黒いローブをまとい、背中から生えている悪魔じみた羽を動かして、宙に浮いている。俺はとりあえず、そいつを小悪魔だと認識した。
「こっちから、確かにアルカナの反応があったんだよ!おじさん達もけっこういい身体してるけどさ、ただのニンゲンに用はないんだよねー」
小悪魔は嬉々として話していた。
「ちょっと普通じゃないパワーを使うような人、見たことない?きっと、近くにいるはず・・・あ!」
小悪魔と、目が合った。他の連中も、こっちを向く。
「いたーーーー!そこの筋肉のお兄さん!あたし、お兄さんみたいなニンゲンを、探してたんだよー!」
小悪魔がパタパタと飛んできて、俺の周りをクルクルと回る。
「むーん。見るからにすごいパワー!そんな能力を持ちながら、普通のニンゲン達と一緒にいたんじゃ、退屈だったでしょー?魔界の王サマ、目指してみない?」
何言ってやがる?このガキ。頭がおかしいのか?・・・しかし、魔界?こんな生き物、そもそも見たこともない。そういう世界があっても、おかしくないのか?
俺は聞く。
「嬢ちゃん。あんたが言うような能力には、心当たりがねぇこともねぇが。その、魔界って奴は、なんだ?」
「あはっ!声も渋かっこいい!めっちゃいいよ、お兄さん。もう決めた。あたしお兄さんを、魔王サマにしてあげるっ!」
小悪魔は、質問にも答えず、勝手にはしゃいでいる。コイツと、会話が成立するのか?
「あたし、魔王サマのために、魔界からプレゼントを持ってきたんだよ!」
小悪魔が、ローブの袖の中から、何やら黒くて薄い物を取り出す。それは、漆黒の炎をまといながらほの暗く輝く、カードのように見えた。
「これを使えば、お兄さん、すっごいパワーアップしちゃうんだから。いっくよー!」
黒いカードを持つ手を突き出し、小悪魔が突進してくる。カードの角を俺の胸に押し当てると、それは、厚い胸筋を物ともせず、肉の奥へと沈み込んでいく・・・。
「なんだこりゃ・・・おうっ!?」
心臓に達したのか・・・!?全身を、重い力がズンと駆け巡り、自分がどこに立っているのか、あやふやになる――・・・
暴れろ。解き放て。殺せ・・・。
「ぐっ・・・、てめぇ、何をした・・・!」
「あ、まだ意識があるんだ?やっぱりお兄さん、ただのニンゲンとは違うね!魔王サマになるんだから、心も強くなきゃだよね!」
「でもさ、ほら。暴れ出したくてたまらないでしょ?ここは我慢する場面じゃないよー。やっぱり魔王サマといったら、ニンゲンなんてパパっと紙屑みたいに片づけちゃうくらいじゃないと!」
「そだ!あたしがお手本を見せてあげる!よく見ててねー・・・」
小悪魔が、口を大きく開ける。頭部だけはやたら大きい小悪魔の口には、刃物のように鋭い、大きなギザ歯が生えていた。
「いっただっきまーす!」
小悪魔は唐突に向きを変え、班長の胸へと向かい、その背へと通り抜けた。班長の胸には、大きな穴が空いていた・・・。
「ほら、こんな感じ!あっけないでしょ?ニンゲンなんて。」
心臓を咀嚼する、血だらけの口で、小悪魔が言う。人が、死んだ?本当に?
あたりに、濃密な死の香りが漂う。漆黒のカードが脳内でささやく声が、その匂いに反応して狂騒へと変わり、禁断の欲望が、一段と強まる。俺は・・・
「ウヴォォォアアア」
仮設トイレをボックスごと持ち上げ、逃げ惑う連中に、叩きつけた・・・
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酩酊する殺人鬼 第三章
殺した。殺した。殺した――・・・
俺は何度もその感触を反芻していた。肉体が砕け、骨が折れる音、血飛沫が舞い上がる瞬間、そのすべてが俺の興奮を極限まで高めた。
小悪魔が、銀で縁取られた水色のカードを発動すると、俺たちは一瞬で、今いる場所から遠く離れた場所に移動することができる。そこで俺は、殺戮の限りを尽くした。常に抑圧されていた俺の力が、制限のない暴力の発露に歓喜している。
「じゃー、次に行こうか!魔王サマ!」
小悪魔が嬉々として言う。
「魔王サマの活躍は、魔界のモニターに映してるから。もう、魔王サマ、魔界じゃ大人気だよ!他にも候補者はいるけど、あっちは何考えてるんだかわからない女だし。あたしはやっぱり、魔王サマみたいなほうが好き!」
小悪魔が言うには、現在、魔界では現魔王の寿命が尽きかけており、次期魔王の候補者を探しているらしい。魔王は魔界の住民ではなく、人間の世界から迎えるのが通例だそうだ。
「本当は、人間界に来るのって、ものすごく大変なんだよー?この、転移のアルカナを何十枚も使うか、あとはゲートのアルカナっていう超貴重品を使うって手もあるんだけどさ。そうやって、やっと来れるんだ。今回はたまたま、入りやすくなっている所があったから、かなり節約できた!」
転移中に通る異空間の通路で、小悪魔がごちゃごちゃ言っている。そのうちに出口が見えてくる。移動先は、キャンプ場だった。
「このマスクにキャンプ場か。そういう映画、あったっけか?」
今の俺は、ホッケーマスクをかぶっている。顔を見られて指名手配でもされたら厄介だし、返り血が顔にかかるのをある程度防げる。それにこのマスクは、いかにもそれっぽかった。
「おい。アレ、よこせ。」
「はいよー!狂逸のアルカナ一枚、魔王サマの立派なお胸にセット!」
漆黒の炎をまとうカードが、俺の胸に吸い込まれていく。このカードはいい。俺は、やりたいことを、やりたいようにやってきたと思っていたが、どうやらこれでも、ずいぶん抑圧していたらしい。こいつを使うと、本当の俺を、どこまでも解放できる。俺は、この小悪魔との出会いを、感謝しつつあった。
「あー、でもこのアルカナ、あと3枚しかないから。一応、覚えておいてね?」
そうか・・・。おれは少し、落胆する。
夜のキャンプ場。俺の目の前には、テントが並んでいる。オーディエンスがいるなら、少しは楽しませてやるか・・・。
俺は、そこに生えていた、高さ15メートルほどありそうな木を一本、根本から引き抜くと、ホウキで掃除をするように、テントの群れを、掃いてやった。テントは面白いように簡単に潰れていく。中はどうなっていることやら。
攻撃の範囲外にあったテントから、慌てふためく人間どもが飛び出てきた。よし、あいつらも、掃除してやるか。
「やめなさい!あなたが今、ニュースになっている殺人鬼ね!どうしてこんなことをするの!」
一人の女が、恐れもせずに近づいてくる。少し距離があり、暗くてよく見えないが、まずはコイツから、掃いてやろう。俺は遠慮なく、木のホウキを振るう。女は、なすすべもなく倒れ、枝葉でズタボロになった。
「嬢ちゃん。ちょいと勇気を出して俺を止めようとしたんだろうが、そりゃあ蛮勇ってもんだ。象を相手に素手で挑む人間など、いないだろうがよ。」
「その・・・、声・・・。」
驚いた。すでに気絶したか、死んだと思ったが・・・?そいつの身体が、淡く緑色に光る。すると、何事もなかったように立ち上がり、こちらに駆け寄ってきた。
「やっぱり、あなたは・・・!そんなマスクなんかで、私の目がごまかせるとでも思いましたか!?」
もう一度驚いた。ロングヘアの、狐顔。こいつは、あの女だ――・・・。
カードの力で沸き立っていた脳みそが、急速に冷えていく。
「チッ、おまえかよ。」
「いいか、分かっているだろうが、おまえの能力は、俺を殺せるようなもんじゃない。俺みてぇな危険人物に関わるのはもう、やめとけ。」
「待ちなさい!待って・・・!」
俺は大きく跳躍して、その場を離れた。
「魔王サマー?あいつは殺さないのー?」
「・・・俺ぁ、やりたくねぇことは、やらねぇよ?」
小悪魔が、むくれた顔で、遠く離れたキャンプ場を見やる。
「むー・・・。べーっだ!」
あいつの顔は好みではあったが、もう会うことはないだろう。
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酩酊する殺人鬼 第四章
あれから数日。相変わらず俺は、無差別の殺戮を繰り返していた。
ヒグラシの声が響く森を背に、俺は崖の縁から茜色に染まった町を見下ろしていた。眼下には、今日の標的となるショッピングモールがある。
多くの人間が集まる、賑やかな場所だ。派手に暴れて、魔界のオーディエンスとやらを喜ばせるには、うってつけの舞台だ。
「そういや前から思ってたんだが、なんで昼間は避けるんだ?」
「しょうがないじゃん。魔王サマの活躍を見てる連中のほとんどが、人間界の昼間の太陽が大嫌いなんだから。夕陽ならいいんだけどね。それより、狂逸のアルカナ、使う?」
「・・・いや、今日はいい。このまま行くぞ。」
俺はカードの使用を惜しんだ。残りは少ない。だが、あれがなくても、すでに俺の中にはイメージトレーニングで培った"闇の声"の残響がある。いわばジェネリック版だが、それでも力は引き出せる。・・・一応念のためにカードは受け取り、ポケットにねじ込んだ。
それから、俺は足元の住宅街に目をやると、近くの屋根に跳躍。いくつもの家屋の上を駆け抜ける。そして、モールの入口へと飛び降りると、自動ドアが開くのを待たず、足で蹴破った。
割れたガラスの音とともに、館内のざわめき、流れるBGM、無数の視線が、一気に俺に注がれる。
知らない町の、知らないショッピングモール。だが、俺にとっては、人間がいて、殺せる場所であれば、それでいい。
ざっと見渡す。モールは三階まで吹き抜けになっており、天井にはめ込まれた四角いガラス窓からは、夕陽が差し込んでいる。目の前には服屋。軽やかなサマードレスを纏ったマネキンが、片腕を腰に添えて、優雅に微笑むような角度で立っていた。
人は多い。休日の夕方というタイミングもあって、家族連れ、学生、老人……あらゆる層の人間が、ここに集まっている。獲物には、事欠かない。
「おい!?そこのマスクの男、何してる!止まれ!」
ホッケーマスクを被った巨漢の突然の登場に、警備員が駆けつけてきた。
「んー、2階・・・。いや、3階にまで届きそうだな」
俺は警備員の襟首をつかみ、軽く肩を回して助走の感覚をつかむ。――いける。身体強化を発動し、腕にジェネリック闇の力をまとわせた。次の瞬間、足元を強く蹴り、警備員の身体をぶん、としならせて勢いよく放る。
悲鳴とも呻きともつかない声を上げながら、警備員の身体が宙を舞う。吹き抜けを縦断するように、ぐんぐん高度を上げていく。その頭が天井近くに迫ったところで横向きになり、放物線を描いて三階のバルコニーへと飛翔――。ゴンッ、と鈍い音を立てて腹部を手すりに強打し、頭からバルコニーの床へと滑り落ちた。
フロア全体の空気が変わる。誰もが言葉を失い、ただ、異様な沈黙が場を包む。次の瞬間――
悲鳴。逃走。怒号。ざわめきが、津波のように一気に押し寄せた。よし、上々の滑り出しだ。
俺は無差別に人々を襲い始めた。あちこちから悲鳴が上がり、血の匂いが空気を濁す。ショッピングモールの明るい照明が、惨劇の舞台を一層際立たせる。いい感じだ。――だが、どこか物足りない。
俺は強すぎた。
能力の影響が、もはや素の肉体にまで沁み込んできているのだろう。発動しなくても、只の人間など紙くず同然に引き裂けるようになっていた。狩りではない。作業だ。血まみれのルーチンワーク。こんなもんで、魔界のオーディエンスとやらは満足するのか?
カードなしのせいか、心の奥が冷えたままだ。いまいち昂ぶらない。
「血を見せろ!もっと、もっとだ!」
俺は自分を鼓舞するように叫びながら、目についた人間を片端から叩き潰していく。死傷者が次々と床に転がり、血の海が広がる。靴裏が濡れるたびに、ぬるりとした感触が伝わってきた。遠くでサイレンが幾重にも重なり合って聞こえる。警察か。それでも、まだ数分は遊べそうだ――。
――ッ!?
唐突に背後から熱気を感じた。本能が警鐘を鳴らす。俺は迷いなく横に跳躍し、振り返る。目の端を、唸りを上げる巨大な爆炎が通り過ぎていった。
そこにいたのは、亜麻色の髪を高い位置でニつ結びにし、猫型の仮面を被った少女。そして、なぜか目元を包帯で覆った、痩せぎすの少年。どちらも高校生くらいか。少年のほうは、なにやら少し顔色が悪い。
「悪魔の手先め・・・!かかってきなさい!ここであたしが止めてやるわ!」
少女が叫びながら、手から爆炎を放ってくる。こいつは、炎を操る能力者ってわけか。
俺はその炎をかわすと、近くのサマードレスを着たマネキンの足をつかみ、思い切り投げつけた。しかし、少女は軽々とそれを回避する。見かけによらず、動きがいい。
「へぇ・・・、なんだか知らねぇが、能力者が相手か。そういうのを待ってたんだよ!」
俺は拳を振り上げ、少女に向かって突進した。
そのとき――。
「ん?あれ・・・?」
少年が、なぜか間の抜けた声を漏らし、身体全体で後ろを向いた。さっきから顔色が悪いとは思っていたが・・・なんだこいつ? 背中ががら空きじゃねえか。
「おいガキィ!戦闘中によそ見してんじゃねぇよ!」
俺は少女の横をすり抜け、その勢いのまま少年の背中へ拳を突き出す。全力で、ブチ抜いてやるつもりだった。
だが、その拳は虚しく空を切った。少年が、まるで見えていたかのように、突如しゃがみ込んだのだ。――こいつも、何かの能力者か・・・?
そう思った、その瞬間。周囲の様子が、一変した。少年と少女の姿が、なぜか15メートルほど先にある。俺のすぐ傍にいたはずの小悪魔の奴も、そこだ。そして、いつの間に現れたのか、少年の隣には、初老の女が加わっていた。
俺の位置は・・・ここは――モールの入口?
「俺が・・・、移動したのか・・・!?」
「止まれ!撃つぞ!」
鋭い怒声が背後から響いた。振り返ると、モールの外に並ぶ警官たちが、全員こちらに銃口を向けている。緊張に引きつった顔、額を伝う汗。引き金にかけられた指が、ほんの僅かなきっかけで火を噴きそうだった。
「ひえ~!魔王サマ、お先~!」
吹き抜けの側から聞こえる小悪魔の声に、そちらを横目で見れば、奴は、少女が連射する炎弾をギリギリでかわしながら、吹き抜けを舞い上がっていく。3階あたりの高さに達したところで――その姿は、忽然と消えた。
「逃げやがった・・・!」
転移のアルカナを使ったんだろう。もしもの時は、あれを使って逃げることにしていたが・・・。これで俺は、自力でどうにかするしかなくなった。しょうがねぇ。こいつを使うか・・・!
俺はポケットから、ねじ込んでおいた"狂逸のアルカナ"を取り出し、胸に差し込む。
――パァン!
乾いた銃声が炸裂した。
「動くなァ!」
威嚇射撃に、警官の怒鳴り声が重なる。だが、もう遅い。
ゆるりと手を挙げる俺を、心地よい闇の酩酊感と殺意が満たす。するとなぜか、視界の端で、少年がぐらりと揺れ、片膝をついていた。さっきは訳のわからん動きで拳をかわされたが、今は違う。弱ってる。殺せる。今ここで、仕留めるべきだ。
「殺すッ!」
叫ぶと同時に能力を発動し、俺は少年へと突っ込む。空気が裂けるような感覚、全身が加速する。速い。俺の動きに、誰もついてこられるはずがない。背後で銃声が響く。だが遅い。弾はすべて、数歩後ろの空間を無駄に穿っただけだ。
・・・刹那の間に、俺の身体をどこかへと引っ張るような、強い力を感じた。だが、闇の声がそれを打ち消す。感覚としてはわかった。何者かが、俺の位置を強制的に転換しようとしたのだ。
無意味だ。今の俺には効かない。
拳が、再び標的の頭部を捉える――そう思ったそのとき。
拳がめり込んだのは、少年の頭ではなかった。俺が殴っていたのは、なぜかあの、いつの間にか現れていた初老の女の腹部だった。鈍く重い感触。次の瞬間、女の身体は弧を描いて吹き飛び、そのままホール中央付近の土産物屋の菓子棚に激突。棚はひしゃげ、崩れ、包装の破れた菓子が破片と一緒に宙を舞った。
「よくも叔母さまを・・・!死ねぇ!」
ホール付近にいた少女が、怒号とともに、これまでとは桁違いの獄炎を生み出し、俺めがけて叩きつけてきた。
若干の混乱にあった俺は、判断が遅れた。爆炎が左腕に直撃する。皮膚が焼け、肉が裂け、骨まで焼かれる感触――左腕が一気に炭と化し、炎は肩口まで這い上がる。
クソが!許さねえ、殺してやる・・・ッ!
アルカナによる酩酊感が、激痛をいくらか和らげる。脳内では、闇の声が吠えていた。目の前の敵――許しがたい存在を認識し、殺意とともに咆哮を上げる。その声に身を委ねるように、俺は少女へ拳を叩き込もうと踏み込んだ――
「えっ・・・?なに・・・?」
少女の呻き声が聞こえる。見ると、わき腹に一本のナイフが突き刺さっていた。ナイフが飛んできたであろう方向を辿ると、あの少年がいた。虚ろな様子で、まるで何かに操られているかのように、ナイフを投げた直後の態勢のまま、固まっている。
「あんた・・・」
そのナイフには、何か毒でも塗られているのだろうか。少女は片膝をつき、立ち上がれない様子だ。
急展開すぎて、闇の酩酊状態にあった俺の脳も、わずかに冷静さを取り戻す。よくはわからねぇが――これはチャンスだ。周囲の警官どもも混乱している。だが、すぐにまた、次の弾が飛んでくるだろう。
俺は、うつ伏せに倒れ込みかけた少女へと駆け寄り、背中に担ぎ上げる。小悪魔の奴の転移も使えない今、このコンディションで、これ以上戦うのは危険だ。こいつを盾にして、逃げるのが得策・・・!
能力を発動。脚に力を込め、一階から二階へと飛び上がる。すぐ目に入ったフードコートの窓めがけて走り、飛び蹴り一閃――ガラスが砕け散る。破片の雨とともに、駐車場に停められた車の屋根に着地。そこからさらに、近くの民家の屋根へと跳び移る。
――アルカナの効果が切れたか。
闇の陶酔感が消えていき、代わりに猛烈な疲労と痛みが意識を侵食してくる。左腕から肩にかけて焼失したのだ。当たり前だ・・・。
気絶の予感。しかし、ここで倒れるわけにはいかない。あの崖へ――スタート地点へ戻る。俺は、それだけを頭に、力を使い果たすつもりで、駆け抜けた。
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続く・・・
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