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酩酊する殺人鬼 第一章


 地面に長く伸びる影が揺れるのを見て、反射的に顔を上げると、鉄骨が一本、クレーンから外れ、俺めがけて落下してきた。

 誰かの叫び声が聞こえたが、俺は動かなかった。避けようと思えばできたが、ふと、この鉄骨を腕で弾き飛ばしてみたくなったからだ。

 重力に引き寄せられ、急速に迫る鉄骨をしっかりと目に焼き付け、いつも押さえつけている力を解放する。右腕を振り上げると同時に、ゴォン、という耳をつんざく重い衝突音が響き渡った。

 結果――なんてことはない。俺の身体は微動だにせず、鉄骨は大きく曲がり、地面に落下しただけだ。腕にはうっすらとアザが浮かび始めたが、骨折どころか裂傷すらない。

* * *


 冬の冷たい風が頬を切るように吹きつける中、急ピッチで進む、高架道路の建設現場。他の作業員たちが驚愕に目を見開きながら、俺の周囲に集まってきた。全員が、化け物でも見るような表情を浮かべている。

 俺は鉄骨に目をやり、ため息交じりに口を開く。

「おいおい、お前らそんな顔すんなよ。工期も迫ってるんだ。なぁ、お互い、何も見なかったことにしようぜ?」

 そう言いながら、俺は鉄骨を軽々と持ち上げ、曲がった部分を強引に元に戻す。金属の軋む音が冷え切った空気を裂き、耳に響く。連中は呆然としたまま固まっていたが、やがて無言で頷き合い、何事もなかったかのように作業を再開した。

 俺もまた、心の中にくすぶる欲望を抑え込みながら、作業に戻る。ここでのバイトはそこそこ気に入っていたが、それでも俺には、退屈だった。

* * *


 俺は生まれつき身体強化の異能力を持っている。この力を発動すれば、短時間ではあるが途方もない怪力を発揮し、肉体も頑強になる。やろうと思えば軽トラくらいなら持ち上げられるだろう。もちろん、能力が周囲に知られれば面倒なことになるのは目に見えている。だから普段は隠しているが、ここぞという場面では遠慮なく使っている。

 この能力と筋肉質で大柄な体格を併せ持つ俺は、肉体労働ならなんでも余裕でこなせる。頭はあまり良くないことを自覚しているが、それで困ったこともない。それでも――。

 こんな能力を持って生まれたからには、俺にはもっと、相応しい何かがあるはずだ。漠然とそう考えながら、今日もまた、空虚な日々を過ごしている。

* * *


 その日の帰り道。いつもの居酒屋に立ち寄り、酒をたらふく飲んで店を出ると、冷たい夜風が火照った顔を心地よく冷やしてくれた。

 あんな鉄骨ですら俺を殺せない――この事実を改めて噛み締め、ふらつく足取りで夜道を歩きながら、俺は軽い万能感に浸っていた。

 その時だった。

「もう嫌!わああああ!!!」

 突然、古びた木造の家から、男の怒鳴り声と女の悲鳴が聞こえてきた。ふらつく足のままその家に近づいてみると、雑草だらけの庭に面した掃き出し窓から見えた室内では、うずくまって怯える中学生くらいの少女にむかって、中年男が金属バットを振り下ろそうとしていた。

 思わず俺は駆け出して、腐りかけた低い木の柵を飛び越えて庭に踏み入り、窓を蹴破る。室内には冷たい夜風が吹き込み、振り向いた男の顔には驚きと怒りが混じっていた。

 ――酒の勢いもあっただろうが、俺の行動は素早かった。

 男が何やら叫んで踊りかかってきたが、バットを振り下ろす瞬間、その先端を掴み取り、軽くひねり上げて奪い取る。そしてそのまま、柄の部分を男の脇腹に横薙ぎに叩き込んだ。

 ドサリ、と鈍い音を立てて床に倒れた男は、呻き声を上げながらこちらを睨みつけてくる。

「落ち着けよ、おっさん。その子は、あんたの娘か?家族ってのは仲良くするもんだぜ?」

 俺は男にそう告げると、手に持ったバットを眺め、能力を発動させる。バキバキッ、と金属が軋む音が室内に響き渡る。

 バットはみるみる変形し、俺の手の中で野球ボールほどの大きさに丸まった。

「こんなもんだ。俺を通報する気なら、どうなるかわかるよな?」

 俺はその鉄球を放り捨て、縮こまった少女を一瞥する。少女は、ほっそりとした指の隙間から、真っ赤に腫れた目で、転がるボールを見ていたが、そこには何やら、恐怖だけではない複雑な感情が混じっているように見えた。

* * *


 次の日の夜、帰り道で再びその家の前を通りかかった俺は、思わず足を止めた。

 木造の家の引き戸がガラリと開き、昨日助けた少女が飛び出してきたからだ。背負っている水色のナップザックは膨らんでおり、中にはぎっしりと荷物が詰まっているのがわかる。

「昨日助けてくれた人ですよね?ありがとうございます!私、家出することにしました。」

 彼女は決意に満ちた顔をしていた。昨日の怯えた様子とは別人のようだ。そして、俺の能力について興味津々に聞いてくる。

 感謝されるのは悪い気分ではなかった。俺は偶然そばにあった、パン屋のアルミ看板を引き剥がし、それを能力でクシャクシャに丸めて、実演してみせた。だが、なぜか彼女に叱られ、渋々それを元に戻した。シワだらけになった看板を眺めながら、彼女がつぶやく。

「その腕の怪我・・・、ちょっと見せてくれますか?」

 少女は、俺の腕に浮かんだアザ―あの鉄骨の落下の時についた―に気づき、手を当てた。その瞬間、彼女の手が淡く緑色に輝き、俺のアザはみるみる消えていった。

 目を疑った。俺以外にも、こういう異能力を持つ人間がいるのか――?

「私も、こんなことができるんです。これで何とか父の暴力に耐えてきましたが、そのせいで、もっとエスカレートして・・・。」

 少女の話に耳を傾けながら、俺は彼女の顔を改めて見た。腰まで届くストレートの黒髪に、すっきり整った狐顔。あどけなさを残しているが、いずれ見惚れるほどの美女になるだろうと思わせる顔立ちだった。

「私は、ちょっと離れた叔母さんのところに行きますけど、また会えるといいですね。」

 初めて出会った、異能を持つ同類。

「ああ、まあ、機会があればな。」

 少し名残惜しく思えたものの、俺は彼女に背を向けて、そそくさとその場を後にした。



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酩酊する殺人鬼 第二章


 例えば、どこかの大金持ちが、命知らずの参加者たちを集めて、殺し合わせるようなゲームを開催していたとしたらどうだろう。負ければ終わりだが、勝てば大金持ちだ。俺の能力なら、勝利は間違いなしだな――・・・。

 仮設トイレの中で用を足しながら、俺はそんな、くだらない妄想をしていた。あれから数か月がたち、季節は初夏になっていたが、俺は相変わらず、例の高架道路の工事現場にいる。ここでのバイトは、俺にとっては大して運動にもならない。もっと何か、面白いことが起こらないものか。

 そんなことを考えながらトイレを出ると、何やら騒がしい。茜色の空の下、班長と作業員数人が集まって、誰かと言い合いをしている。バリケードを越えて、どこかの酔っ払いでも入ってきたのか?とりあえず俺もそっちへと向かう。

 そこには、小悪魔がいた。金髪の、やたら頭部だけが大きい、女児のように見える。黒いローブをまとい、背中から生えている悪魔じみた羽を動かして、宙に浮いている。俺はとりあえず、そいつを小悪魔だと認識した。

「こっちから、確かにアルカナの反応があったんだよ!おじさん達もけっこういい身体してるけどさ、ただのニンゲンに用はないんだよねー」

 小悪魔は嬉々として話していた。

「ちょっと普通じゃないパワーを使うような人、見たことない?きっと、近くにいるはず・・・あ!」

 小悪魔と、目が合った。他の連中も、こっちを向く。

「いたーーーー!そこの筋肉のお兄さん!あたし、お兄さんみたいなニンゲンを、探してたんだよー!」

 小悪魔がパタパタと飛んできて、俺の周りをクルクルと回る。

「むーん。見るからにすごいパワー!そんな能力を持ちながら、普通のニンゲン達と一緒にいたんじゃ、退屈だったでしょー?魔界の王サマ、目指してみない?」

 何言ってやがる?このガキ。頭がおかしいのか?・・・しかし、魔界?こんな生き物、そもそも見たこともない。そういう世界があっても、おかしくないのか?

 俺は聞く。

「嬢ちゃん。あんたが言うような能力には、心当たりがねぇこともねぇが。その、魔界って奴は、なんだ?」

「あはっ!声も渋かっこいい!めっちゃいいよ、お兄さん。もう決めた。あたしお兄さんを、魔王サマにしてあげるっ!」

 小悪魔は、質問にも答えず、勝手にはしゃいでいる。コイツと、会話が成立するのか?

「あたし、魔王サマのために、魔界からプレゼントを持ってきたんだよ!」

 小悪魔が、ローブの袖の中から、何やら黒くて薄い物を取り出す。それは、漆黒の炎をまといながらほの暗く輝く、カードのように見えた。

「これを使えば、お兄さん、すっごいパワーアップしちゃうんだから。いっくよー!」

 黒いカードを持つ手を突き出し、小悪魔が突進してくる。カードの角を俺の胸に押し当てると、それは、厚い胸筋を物ともせず、肉の奥へと沈み込んでいく・・・。

「なんだこりゃ・・・おうっ!?」

 心臓に達したのか・・・!?全身を、重い力がズンと駆け巡り、自分がどこに立っているのか、あやふやになる――・・・

 暴れろ。解き放て。殺せ・・・。

「ぐっ・・・、てめぇ、何をした・・・!」

「あ、まだ意識があるんだ?やっぱりお兄さん、ただのニンゲンとは違うね!魔王サマになるんだから、心も強くなきゃだよね!」

「でもさ、ほら。暴れ出したくてたまらないでしょ?ここは我慢する場面じゃないよー。やっぱり魔王サマといったら、ニンゲンなんてパパっと紙屑みたいに片づけちゃうくらいじゃないと!」

「そだ!あたしがお手本を見せてあげる!よく見ててねー・・・」

 小悪魔が、口を大きく開ける。頭部だけはやたら大きい小悪魔の口には、刃物のように鋭い、大きなギザ歯が生えていた。

「いっただっきまーす!」

 小悪魔は唐突に向きを変え、班長の胸へと向かい、その背へと通り抜けた。班長の胸には、大きな穴が空いていた・・・。

「ほら、こんな感じ!あっけないでしょ?ニンゲンなんて。」

 心臓を咀嚼する、血だらけの口で、小悪魔が言う。人が、死んだ?本当に?

 あたりに、濃密な死の香りが漂う。漆黒のカードが脳内でささやく声が、その匂いに反応して狂騒へと変わり、禁断の欲望が、一段と強まる。俺は・・・

「ウヴォォォアアア」

 仮設トイレをボックスごと持ち上げ、逃げ惑う連中に、叩きつけた・・・



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酩酊する殺人鬼 第三章


 殺した。殺した。殺した――・・・

 俺は何度もその感触を反芻していた。肉体が砕け、骨が折れる音、血飛沫が舞い上がる瞬間、そのすべてが俺の興奮を極限まで高めた。

 小悪魔が、銀で縁取られた水色のカードを発動すると、俺たちは一瞬で、今いる場所から遠く離れた場所に移動することができる。そこで俺は、殺戮の限りを尽くした。常に抑圧されていた俺の力が、制限のない暴力の発露に歓喜している。

「じゃー、次に行こうか!魔王サマ!」

 小悪魔が嬉々として言う。「魔王サマの活躍は、魔界のモニターに映してるから。もう、魔王サマ、魔界じゃ大人気だよ!他にも候補者はいるけど、あっちは何考えてるんだかわからない女だし。あたしはやっぱり、魔王サマみたいなほうが好き!」

 小悪魔が言うには、現在、魔界では現魔王の寿命が尽きかけており、次期魔王の候補者を探しているらしい。魔王は魔界の住民ではなく、人間の世界から迎えるのが通例だそうだ。

「本当は、人間界に来るのって、ものすごく大変なんだよー?この、転移のアルカナを何十枚も使うか、あとはゲートのアルカナっていう超貴重品を使うって手もあるんだけどさ。そうやって、やっと来れるんだ。今回はたまたま、入りやすくなっている所があったから、かなり節約できた!」

 転移中に通る異空間の通路で、小悪魔がごちゃごちゃ言っている。そのうちに出口が見えてくる。移動先は、キャンプ場だった。

「このマスクにキャンプ場か。そういう映画、あったっけか?」

 今の俺は、ホッケーマスクをかぶっている。顔を見られて指名手配でもされたら厄介だし、返り血が顔にかかるのをある程度防げる。それにこのマスクは、いかにもそれっぽかった。

「おい。アレ、よこせ。」

「はいよー!狂逸のアルカナ一枚、魔王サマの立派な筋肉のお胸にセット!」

 漆黒の炎をまとうカードが、俺の胸に吸い込まれていく。このカードはいい。俺は、やりたいことを、やりたいようにやってきたと思っていたが、どうやらこれでも、ずいぶん抑圧していたらしい。こいつを使うと、本当の俺を、どこまでも解放できる。俺は、この小悪魔との出会いを、感謝しつつあった。

「あー、でもこのアルカナ、あと3枚しかないから。一応、覚えておいてね?」

 そうか・・・。おれは少し、落胆する。

 夜のキャンプ場。俺の目の前には、テントが並んでいる。オーディエンスがいるなら、少しは楽しませてやるか・・・。

 俺は、そこに生えていた、高さ15メートルほどありそうな木を一本、根本から引き抜くと、ホウキで掃除をするように、テントの群れを、掃いてやった。テントは面白いように簡単に潰れていく。中はどうなっていることやら。

 攻撃の範囲外にあったテントから、慌てふためく人間どもが飛び出てきた。よし、あいつらも、掃除してやるか。

「やめなさい!あなたが今、ニュースになっている殺人鬼ね!どうしてこんなことをするの!」

 一人の女が、恐れもせずに近づいてくる。少し距離があり、暗くてよく見えないが、まずはコイツから、掃いてやろう。俺は遠慮なく、木のホウキを振るう。女は、なすすべもなく倒れ、枝葉でズタボロになった。

「嬢ちゃん。ちょいと勇気を出して俺を止めようとしたんだろうが、そりゃあ蛮勇ってもんだ。象を相手に素手で挑む人間など、いないだろうがよ。」

「その・・・、声・・・。」

 驚いた。すでに気絶したか、死んだと思ったが・・・?そいつの身体が、淡く緑色に光る。すると、何事もなかったように立ち上がり、こちらに駆け寄ってきた。

「やっぱり、あなたは・・・!そんなマスクなんかで、私の目がごまかせるとでも思いましたか!?」

 もう一度驚いた。ロングヘアの、狐顔。こいつは、あの女だ――・・・。

 カードの力で沸き立っていた脳みそが、急速に冷えていく。

「チッ、おまえかよ。」

「いいか、分かっているだろうが、おまえの能力は、俺を殺せるようなもんじゃない。俺みてぇな危険人物に関わるのはもう、やめとけ。」

「待ちなさい!待って・・・!」

 俺は大きく跳躍して、その場を離れた。

「魔王サマー?あいつは殺さないのー?」

「・・・俺ぁ、やりたくねぇことは、やらねぇよ?」

 小悪魔が、むくれた顔で、遠く離れたキャンプ場を見やる。

「むー・・・。べーっだ!」

 あいつの顔は好みではあったが、もう会うことはないだろう。



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酩酊する殺人鬼 第四章


 あれから数日。相変わらず俺は、無差別の殺戮を繰り返していた。

 ヒグラシの声が響く森を背に、俺は崖の縁から茜色に染まった町を見下ろしていた。眼下には、今日の標的となるショッピングモールがある。

 多くの人間が集まる、賑やかな場所だ。派手に暴れて、魔界のオーディエンスとやらを喜ばせるには、うってつけの舞台だ。

「そういや前から思ってたんだが、なんで昼間は避けるんだ?」

「しょうがないじゃん。魔王サマの活躍を見てる連中のほとんどが、人間界の昼間の太陽が大嫌いなんだから。夕陽ならいいんだけどね。それより、狂逸のアルカナ、使う?」

「・・・いや、今日はいい。このまま行くぞ。」

 俺はカードの使用を惜しんだ。残りは少ない。だが、あれがなくても、すでに俺の中にはイメージトレーニングで培った"闇の声"の残響がある。いわばジェネリック版だが、それでも力は引き出せる。・・・一応念のためにカードは受け取り、ポケットにねじ込んだ。

 それから、俺は足元の住宅街に目をやると、近くの屋根に跳躍。いくつもの家屋の上を駆け抜ける。そして、モールの入口へと飛び降りると、自動ドアが開くのを待たず、足で蹴破った。

 割れたガラスの音とともに、館内のざわめき、流れるBGM、無数の視線が、一気に俺に注がれる。

 知らない町の、知らないショッピングモール。だが、俺にとっては、人間がいて、殺せる場所であれば、それでいい。

 ざっと見渡す。モールは三階まで吹き抜けになっており、天井にはめ込まれた四角いガラス窓からは、夕陽が差し込んでいる。目の前には服屋。軽やかなサマードレスを纏ったマネキンが、片腕を腰に添えて、優雅に微笑むような角度で立っていた。

 人は多い。休日の夕方というタイミングもあって、家族連れ、学生、老人……あらゆる層の人間が、ここに集まっている。獲物には、事欠かない。

「おい!?そこのマスクの男、何してる!止まれ!」

 ホッケーマスクを被った巨漢の突然の登場に、警備員が駆けつけてきた。

「んー、2階・・・。いや、3階にまで届きそうだな」

 俺は警備員の襟首をつかみ、軽く肩を回して助走の感覚をつかむ。――いける。身体強化を発動し、腕にジェネリック闇の力をまとわせた。次の瞬間、足元を強く蹴り、警備員の身体をぶん、としならせて勢いよく放る。

 悲鳴とも呻きともつかない声を上げながら、警備員の身体が宙を舞う。吹き抜けを縦断するように、ぐんぐん高度を上げていく。その頭が天井近くに迫ったところで横向きになり、放物線を描いて三階のバルコニーへと飛翔――。ゴンッ、と鈍い音を立てて腹部を手すりに強打し、頭からバルコニーの床へと滑り落ちた。

 フロア全体の空気が変わる。誰もが言葉を失い、ただ、異様な沈黙が場を包む。次の瞬間――

 悲鳴。逃走。怒号。ざわめきが、津波のように一気に押し寄せた。よし、上々の滑り出しだ。

 俺は無差別に人々を襲い始めた。あちこちから悲鳴が上がり、血の匂いが空気を濁す。ショッピングモールの明るい照明が、惨劇の舞台を一層際立たせる。いい感じだ。――だが、どこか物足りない。

 俺は強すぎた。

 能力の影響が、もはや素の肉体にまで沁み込んできているのだろう。発動しなくても、只の人間など紙くず同然に引き裂けるようになっていた。狩りではない。作業だ。血まみれのルーチンワーク。こんなもんで、魔界のオーディエンスとやらは満足するのか?

 カードなしのせいか、心の奥が冷えたままだ。いまいち昂ぶらない。

「血を見せろ!もっと、もっとだ!」

 俺は自分を鼓舞するように叫びながら、目についた人間を片端から叩き潰していく。死傷者が次々と床に転がり、血の海が広がる。靴裏が濡れるたびに、ぬるりとした感触が伝わってきた。遠くでサイレンが幾重にも重なり合って聞こえる。警察か。それでも、まだ数分は遊べそうだ――。

 ――ッ!?

 唐突に背後から熱気を感じた。本能が警鐘を鳴らす。俺は迷いなく横に跳躍し、振り返る。目の端を、唸りを上げる巨大な爆炎が通り過ぎていった。

 そこにいたのは、亜麻色の髪を高い位置でニつ結びにし、猫型の仮面を被った少女。そして、なぜか目元を包帯で覆った、痩せぎすの少年。どちらも高校生くらいか。少年のほうは、なにやら少し顔色が悪い。

「悪魔の手先め・・・!かかってきなさい!ここであたしが止めてやるわ!」

 少女が叫びながら、手から爆炎を放ってくる。こいつは、炎を操る能力者ってわけか。

 俺はその炎をかわすと、近くのサマードレスを着たマネキンの足をつかみ、思い切り投げつけた。しかし、少女は軽々とそれを回避する。見かけによらず、動きがいい。

「へぇ・・・、なんだか知らねぇが、能力者が相手か。そういうのを待ってたんだよ!」

 俺は拳を振り上げ、少女に向かって突進した。

 そのとき――。

「ん?あれ・・・?」

 少年が、なぜか間の抜けた声を漏らし、身体全体で後ろを向いた。さっきから顔色が悪いとは思っていたが・・・なんだこいつ? 背中ががら空きじゃねえか。

 少女の顔面を殴り飛ばしてやるつもりだったが――予定変更だ。俺は少女の横をすり抜け、その勢いのまま少年の背中へ拳を突き出す。全力で、ブチ抜いてやるつもりだった。

 だが、その拳は虚しく空を切った。少年が、まるで見えていたかのように、突如しゃがみ込んだのだ。――こいつも、何かの能力者か・・・?

 そう思った、その瞬間。周囲の様子が、一変した。少年と少女の姿が、なぜか15メートルほど先にある。俺のすぐ傍にいたはずの小悪魔の奴も、そこだ。そして、いつの間に現れたのか、少年の隣には、初老の女が加わっていた。

 俺の位置は・・・ここは――モールの入口?

「俺が・・・、移動したのか・・・!?」

「止まれ!撃つぞ!」

 鋭い怒声が背後から響いた。振り返ると、モールの外に並ぶ警官たちが、全員こちらに銃口を向けている。緊張に引きつった顔、額を伝う汗。引き金にかけられた指が、ほんの僅かなきっかけで火を噴きそうだった。

「ひえ~!魔王サマ、お先~!」

 吹き抜けの側から聞こえる小悪魔の声に、そちらを横目で見れば、奴は、少女が連射する炎弾をギリギリでかわしながら、吹き抜けを舞い上がっていく。3階あたりの高さに達したところで――その姿は、忽然と消えた。

「逃げやがった・・・!」

 転移のアルカナを使ったんだろう。もしもの時は、あれを使って逃げることにしていたが・・・。これで俺は、自力でどうにかするしかなくなった。しょうがねぇ。こいつを使うか・・・!

 俺はポケットから、ねじ込んでおいた"狂逸のアルカナ"を取り出し、胸に差し込む。

 ――パァン!

 乾いた銃声が炸裂した。

「動くなァ!」

 威嚇射撃に、警官の怒鳴り声が重なる。だが、もう遅い。

 ゆるりと手を挙げる俺を、心地よい闇の酩酊感と殺意が満たす。するとなぜか、視界の端で、少年がぐらりと揺れ、片膝をついていた。さっきは訳のわからん動きで拳をかわされたが、今は違う。弱ってる。殺せる。今ここで、仕留めるべきだ。

「殺すッ!」

 叫ぶと同時に能力を発動し、俺は少年へと突っ込む。空気が裂けるような感覚、全身が加速する。速い。俺の動きに、誰もついてこられるはずがない。背後で銃声が響く。だが遅い。弾はすべて、数歩後ろの空間を無駄に穿っただけだ。

 ・・・刹那の間に、俺の身体をどこかへと引っ張るような、強い力を感じた。だが、闇の声がそれを打ち消す。感覚としてはわかった。何者かが、俺の位置を強制的に転換しようとしたのだ。

 無意味だ。今の俺には効かない。

 拳が、再び標的の頭部を捉える――そう思ったそのとき。

 拳がめり込んだのは、少年の頭ではなかった。俺が殴っていたのは、なぜかあの、いつの間にか現れていた初老の女の腹部だった。鈍く重い感触。次の瞬間、女の身体は弧を描いて吹き飛び、そのままホール中央付近の土産物屋の菓子棚に激突。棚はひしゃげ、崩れ、包装の破れた菓子が破片と一緒に宙を舞った。

「よくも伯母さまを・・・!死ねぇ!」

 ホール付近にいた少女が、怒号とともに、これまでとは桁違いの獄炎を生み出し、俺めがけて叩きつけてきた。

 若干の混乱にあった俺は、判断が遅れた。爆炎が左腕に直撃する。皮膚が焼け、肉が裂け、骨まで焼かれる感触――左腕が一気に炭と化し、炎は肩口まで這い上がる。

 クソが!許さねえ、殺してやる・・・ッ!

 アルカナによる酩酊感が、激痛をいくらか和らげる。脳内では、闇の声が吠えていた。目の前の敵――許しがたい存在を認識し、殺意とともに咆哮を上げる。その声に身を委ねるように、俺は少女へ拳を叩き込もうと踏み込んだ――

「えっ・・・?なに・・・?」

 少女の呻き声が聞こえる。見ると、わき腹に一本のナイフが突き刺さっていた。ナイフが飛んできたであろう方向を辿ると、あの少年がいた。虚ろな様子で、まるで何かに操られているかのように、ナイフを投げた直後の態勢のまま、固まっている。

「あんた・・・」

 そのナイフには、何か毒でも塗られているのだろうか。少女は片膝をつき、立ち上がれない様子だ。

 急展開すぎて、闇の酩酊状態にあった俺の脳も、わずかに冷静さを取り戻す。よくはわからねぇが――これはチャンスだ。周囲の警官どもも混乱している。だが、すぐにまた、次の弾が飛んでくるだろう。

 俺は、うつ伏せに倒れ込みかけた少女へと駆け寄り、背中に担ぎ上げる。小悪魔の奴の転移も使えない今、このコンディションで、これ以上戦うのは危険だ。こいつを盾にして、逃げるのが得策・・・!

 能力を発動。脚に力を込め、一階から二階へと飛び上がる。すぐ目に入ったフードコートの窓めがけて走り、飛び蹴り一閃――ガラスが砕け散る。破片の雨とともに、駐車場に停められた車の屋根に着地。そこからさらに、近くの民家の屋根へと跳び移る。

 ――アルカナの効果が切れたか。

 闇の陶酔感が消えていき、代わりに猛烈な疲労と痛みが意識を侵食してくる。左腕から肩にかけて焼失したのだ。当たり前だ・・・。

 気絶の予感。しかし、ここで倒れるわけにはいかない。あの崖へ――スタート地点へ戻る。俺は、それだけを頭に、力を使い果たすつもりで、翔け抜けた。



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酩酊する殺人鬼 第五章(完)


 夕暮れの牧場。樹木がまばらで見通しの良い、小高い丘の上に、高さ五メートルもの鉄の十字架が建てられていた。

 これは工事現場にあった鉄骨を二本、かっぱらってきて組み合わせたものだ。そしてその組み合わせた部分には、少女を鎖で雁字搦めにして、固定しておいた。

 とくに腕には幾重にも鎖を巻き付けた。こいつの、炎の能力は厄介だが、どうやら腕からしか出せないらしい。これなら能力は封じられる――そう踏んでのことだ。小悪魔がどこかで手に入れたスマホを使い、少女の様子を楽し気にパシャパシャと撮っている。

「魔王サマー。逃げちゃってごめんね?さすがにあの時は死ぬかと思ったし。でも、治してあげたんだからいいでしょ?」

焼失した俺の腕は、小悪魔が出した緑色のカードの力で、完治していた。ついでに、ナイフが刺さっていた少女の脇腹の傷も、治っている。

「この女を連れてきたのはすっごくラッキーだったよ!さすが魔王サマ!あたしらみたいな魔界の存在が人間界で何かやると、決まってアルカナ持ちの集団が邪魔をしてくるんだ。」

「やつらはエグゼシスタっていう組織。この女がそこに所属してたのか、野良のアルカナ持ちなのかわかんないけど、こんな姿を見せてやれば、やつらは絶対来るはず!」

「そいつらを魔王サマの力でみんなぶっ殺しちゃえば、魔王サマはきっと、魔界で大人気だよ!」

 小悪魔がスマホを操作しつつゴチャゴチャとしゃべるのを横目に、俺は武器の様子をチェックする。

 全長三メートルほどの、巨大な斧――これもまた、鉄骨と廃材の鉄板を組み合わせて作った、無骨な代物だ。小悪魔の奴が言うには、銃器はオーディエンスのウケが悪いらしいが、以前キャンプ場で大木を振り回して見せたのが好評だったようで、こういうデカい武器を力任せに振り回して暴れるシチュエーションをリクエストされたらしい。

「オイ、そんなことより、その穴はなんだ?」

 小悪魔の背後には、黒い炎に縁取られた大穴が浮かんでいた。

「ああ、これ?今回のお祭りにどうしても参加したいってやつらがいてね。人間界に悪魔が来るのはけっこう大変なんだけど、どうしてもって言うからさ。・・・まあ、人間どもとの戦いで使ってよ」

 ゲートの向こうには、人狼に、手足のやたら長い痩躯の男、角を生やした俺よりデカい女。明らかにこの世の生物ではないようなやつらが、出番を待ちわびているのが見えた。

「あれ?誰かくるよー。なんだアイツ?まだ動画も流してないのに・・・」

 丘の下から両手を挙げ、敵意がないことを示しながら近づいてくる影があった。ショッピングモールで見かけた少年――頭部を謎の包帯で覆った、あの奇妙なやつだ。

「協力しませんか?」

 少年は落ち着いた声で言った。

「僕のほうから、エグゼシスタに情報を流しました。そろそろ奴らは、こちらに殺到するはず。」

「僕は魔王さん、あなたの力に惚れました。一緒に戦いたいと思います。いかがでしょうか。」

 なんだコイツ・・・。

「おいおい。あの十字架の天辺に飾ってやった奴、あれはおまえの姉ちゃんじゃねぇのか?」

「ええ。一応、姉と言うことになってはおりますが、せいぜいこの一年で突然与えられた役割のようなもので、他人と大差ありませんよ。とくに姉妹の情など、これっぽっちもね。」

 その口調は軽薄で、とても信じられるようなものではない。だが――映像的にはスパイスになりそうだ。包帯姿も異様で、画的に面白い。

「そうかい。まぁ協力してくれるっつうんなら構わねえぜ?裏切るようなら殺すがな」

「感謝します」

「え、もうアンタの仲間に伝えちゃったの?じゃあこの写真、あんま意味なかったじゃん。まあいいや。」

 少女を撮影していた小悪魔がスマホを放り投げ、飛んできた。

「なんだか知んないけど、アンタもアルカナ持ちなんでしょ!何ができんの?」

「アルカナ・・・?いえ、まあ、不意打ちを事前に察知できる高性能レーダーだと思っていただければ。それに自分の身は守れる程度の体術を身に着けています。・・・よろしくお願いします。」

 決戦を前に、俺は奇妙な仲間を得た――・・・。

* * *


あっという間に陽は沈み、夜空にはいい感じの満月が浮かんでいた。決戦の舞台としては実に映える。

「来ました。下からは5人。それとは別に、透明化能力者が1人、背後に回り込もうとしています」

「狙撃手に狙われています。能力の使用を。透明化能力者は、僕に任せてください」

 丘の下に影のようなものが動いているのはわかるが、いくら満月とはいえ遠すぎて判別はできない。何を考えているんだか知らねぇが、コイツの能力は、案外役に立つらしい。

 狙撃手か・・・。俺は身体強化を発動した。

 次の瞬間、沈黙を切り裂くように、銃声が響き渡った。

「チッ!効かねぇよ。そんなもん」

 弾は胸にわずかに突き刺さったが、すぐにバラリと落ちた。俺は胸元を叩いて確かめるが、とくに異常はない。能力を発動してなかったら危なかったかもしれん。一応礼は言ってやるか。

「ま、あんがとよ。一応助かったぜ。・・・おっしゃあ!行くかぁ!

 俺は、大斧を担ぎ上げる。

「狩られる気分ってのを、たっぷり味わわせてやるぜ!」

 そして地を蹴り、丘の下――、敵の能力者どもへと、駆け降りた。

「そらみんな!魔王サマに続けぇー!」

 背後からは、いくつもの足音が連なる。あのゲートから、悪魔の連中が飛び出して来たんだろう。

まあ、知ったことじゃない。俺は俺のやりたいように――暴れるだけだ。

* * *


 毒霧を噴き出す能力者がいた。しかし命を脅かす濃密な霧でさえ、俺の身体強化を突破することはできない。俺はその致死的な空間を悠々と駆け抜け、大斧を振り抜き、能力者を斬り倒す。

 だが、その直後、背後から軽い衝撃。肩口から血が噴き出した。

「クソ!・・・なんだ?」

 斬撃は空気を裂く音もなく、ただ結果だけが、俺の身体に刻み込まれる。

 敵の中に、一人だけ格の違う存在がいた。不可視の刃で攻撃してくる、初老の男だ。しかもこいつは、明らかに他の連中よりも戦意が高い。少女の血縁者か何かか?

「調子に乗るなよ!」

 俺は咆哮し、男に向かって大斧を薙ぎ払った。しかし空気が歪み、見えぬ力が大斧を弾く。衝撃が腕に響き、痺れが走った。

 周囲では悪魔どもが、他の連中とぶつかり合っている。咆哮、断末魔、異能の炸裂。混沌の中で俺とこの男だけが、睨み合っていた。

 わずかに見える空気の歪みから攻撃を察知し、致命傷は避けられている。しかし、俺の斧もまた、こいつの見えない力が軌道を逸らし、直撃させられない。

 不可視の刃は俺の身体強化すら超え、傷を増やしていく。

「やるじゃねぇか。あんた、名前は?」

 男は無言のまま、一歩、また一歩と十字架に近づく。その足を止めるために、俺は無理やり斧を振り下ろす。火花のように散る衝撃波。だが、やはり届かない。

 焦燥が胸を焼いた。このままでは――このままでは、俺の舞台が終わってしまう。

「いいだろう・・・使ってやるよ」

 血で濡れた手をポケットに突っ込み、狂逸のアルカナを取り出す。たちどころに襲い掛かって来る不可視の刃の群れを、後ろに大きく跳んでかわしながら、アルカナを胸に差し込むと、視界がぐにゃりと歪み、心臓の鼓動が獣の咆哮のように響き渡る。骨が軋み、筋肉が爆ぜ、全身に黒い衝撃が走る。

「オオオオオオオッ!!」

 次の瞬間、大斧は不可視の刃を弾き飛ばした。今まで届かなかった一撃が、ようやく血を刻む。男の頬が裂け、赤い飛沫が宙を舞った。

「どうしたァ!もう終わりかァ!?」

 圧倒する快感に脳が焼ける。俺は勝利を確信し、大斧を振り上げた。

 今こそトドメを――この強敵を粉砕し、オーディエンスどもの喝采を浴びるのだ。

 しかし、その瞬間。

 ――轟音。

 視界を焼く閃熱とともに、信じられないほどの衝撃が俺の胸を撃ち抜き、全身が宙を舞った。

「がッ――!?」

 爆風に叩きつけられ、地面を何度も転がる。骨が折れ、血が喉を塞ぎ、息が詰まる。大斧は手からすっぽ抜け、土に突き刺さった。

 燃え盛る炎が夜を照らし、十字架の少女の姿を浮かび上がらせる。その瞳は烈火のように赤く光り、俺を拒絶していた。

 意識が暗闇に沈む。

 耳に残ったのは、悪魔の咆哮でも、人間どもの怒声でもない――炎のとどろきだけだった。

* * *


 ・・・暗闇の中で、しばらく意識は途切れていた。

 目を開けると、全身に鈍い痛みが走った。骨の軋む音が内側から響き、腕も脚も自分のものではないほど重い。息を吸うたびに血の味が込み上げ、肺の奥が裂けるように痛んだ。

 立ち上がれるはずもない身体。だが、ポケットにはまだ一枚だけ、狂逸のアルカナが残っていた。最後の切り札。気付け薬のように、それを胸へ突き立てる。

「……ッ!」

 黒い衝撃が血管を駆け巡り、心臓を獣の鼓動のように打ち鳴らした。途絶えかけた命に火が入り、砕けそうな肉体が無理やり動き出した。

 ふらつきながらも立ち上がり、地面に突き刺さっていた大斧を握り締める。

 視線の先――腕を失った少女を背負い、悪魔どもを切り捨てている男の姿があった。見えぬ刃を操り、群がる悪魔を瞬く間に斬り裂いていく。背負った少女を守るため、その力を惜しみなく振るっていた。

 その姿が、癇に障った。

 俺の舞台を奪うな。

 俺の獲物を守るな。

 地を蹴り、男の背後へと迫る。

 振り下ろした大斧は不可視の刃をも叩き割り、肉を深々と断ち割った。

 男の身体が揺れ、背負われていた少女が地面に転がる。俺は構わずもう一度斧を振り抜き、致命の一撃を加えた。男は砕け、肉片となって飛び散った。

 勝った。これでもう、誰も俺を止めることはできない。

 少女が地面に膝をつき、うつむいたまま震えていた。

 そして――、咆哮とともに、飛び掛かってきた。

 少女の身体が、突如として膨れ上がる。炎が全身から噴き出し、瞬く間に紅蓮の渦と化した。

「なっ――!」

 爆発。

 夜空を裂き、大地を薙ぎ払う業火が炸裂する。

 少女の身体は、光と炎に呑まれ、四散した。

 俺は爆風に呑まれ、大きく宙を舞った。

 空と地がぐるぐると回転し、次の瞬間――背中に鋭い衝撃。

「・・・・・・ッ!」

 全身の力が抜けた。

 胸から、太い木の枝が突き出ている。足を動かしても、地面には届かない。

 どこかの木の枝に突き刺さったらしい。

 枝先から滴る血が夜風に揺れ、視界は暗く染まっていった。

* * *


 小悪魔が、炭化した男の腕にかぶりついていた。

「むー。焼けすぎ。魔王サマのお肉、楽しみにしてたのに・・・。」

 口を尖らせながらも、けろりとした調子で続ける。

「魔王サマごめんね?生きたままだと、大人のニンゲンが魔界に行くことはできないんだ。だから死んじゃうのまで、最初から折り込み済みだったの。」

「死んじゃったアルカナ持ちは、どこかの異世界に顕れるんだ。あたしらの世界に顕れるの、待ってるからね?」

「それじゃ、またねー!」

 頑強な肉体に空虚なる精神を宿し、悪魔にそそのかされるままに酩酊を求め、殺戮を繰り返した男。

 ――これが、その哀れなる殺人鬼の末路だった。



酩酊する殺人鬼-完-




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