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異能マスカレイドDW

シンの記憶

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千里眼の少年 第一章


 透視能力。現実の視界に惑わされぬよう目を閉じて、自我の範囲を、肉体の檻の外にまで拡げていくイメージ・・・周囲の空間が透けて見え、壁の向こう側にある物や、遠くの風景までもが、心の目で、鮮明に見えた。調子がいい時には、人々の細かな表情や、自然の中で風に揺れる木々の葉まで感じ取ることができた。

 解析能力。物に触れたり、目で見たりするだけでその内部構造や成分を理解することができる力だ。例えば、本を見ただけで、書かれている内容はもちろん、紙の素材やインクの成分、さらにはその本がどのように製本されたかまでが頭の中に浮かび上がった。

* * *


 僕は、望まれてこの世に生まれた。僕が生まれた時、父さんも母さんもすでに高齢だったため、彼らにとって僕の存在はまさに奇跡のようなものだった。それだけに、彼らの喜びはひとしおであり、僕に対する愛情もひときわ深かった。そして彼らは、幼児期の僕の行動に能力の片鱗を見つけると、いっそう喜んだ――・・・。

 僕には生まれつきの異能がある。透視と解析。二つの異能だ。透視の能力は360度、壁をすり抜けてはるか遠くのものまで見ることができ、解析の能力は、集中すればその物の性能や隠れた性質まで見通すことができた。

 この世界には稀に、異能者と呼ばれる者たちが生まれる。遺伝が関係しているらしいが、遠い隔世遺伝によって生まれることもあり、その出現はランダムに近く、予測は難しい。また、異能者が生まれたところで一般の家庭環境で理解されることは難しく、多くはその家庭に悲劇的な軋轢を生じさせ、あるいは親もろとも運命を狂わせる。

 そんな中で僕の両親は、この能力を当たり前のように受け入れてくれた。そして、むしろこの能力をより伸ばして高めるよう、様々な訓練を施してくれた。僕の能力の精度がここまで高まったのは、ひとえに母さんの訓練の賜物だ。父さんはジャーナリストで、仕事が忙しいらしくあまり家にいなかった。しかし、母さんは僕の能力が世間に知られないよう、そして僕が悪しき俗世に染まらぬよう、細心の注意を払いながら、僕に付きっきりで訓練を続けてくれた。父さんはそんな僕の能力を高く評価し、その可能性を信じてくれた。

 僕が5歳の頃には、解析の能力によって、ごく浅いところではあったが、人の思考まで覗けるようになっていた。その時、僕は父さんがジャーナリストなどではないことを知った。いや、ジャーナリストではあるのだが、それは世を忍ぶ仮の姿であり、夜な夜ななんらかの組織の仲間たちとともに怪物と戦っている――そんなヴィジョンが、僕には見えた。

 ある日、そのことを父さんに尋ねてみた。

「そうだ。父さんたちが所属しているのは、エグゼシスタという、悪い怪物どもからこの世界を守るための組織だ。おまえの能力は貴重なんだ。いずれおまえも、父さんたちの仲間になってくれるか?」

 僕の異能の目が父さんを見透かしたことには驚かれたが、父さんは気を悪くもせず、誇らしげにそう言った。僕もなんとなく誇らしくなり、笑顔でうなずいた。



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千里眼の少年 第二章


 僕は小学生になった。その頃、僕の存在は父さんの組織の中でも認知され始めており、夕方になると人気のない林の中の広場で戦闘訓練を施されるようになった。ひ弱な僕の体には筋肉はあまりつかなかったけれど、2つの異能とナイフを使えばその辺の大人には負ける気がしなかった。闇に潜む怪物たちと戦うための技術は、僕の体にしっかりと刻み込まれていった。

 毎朝、母さんの運転する車で、僕は学校へと向かう。校門をくぐると、手入れの行き届いた広大な前庭が広がる。校舎は白亜の建物で、大きな窓からは明るい日差しが差し込んでいた。教室には最新の設備が整っており、机や椅子も高級感が漂っていた。大学院にまで繋がる私立の一貫校であり、先生たちは熱心で、授業内容も充実していた。

 クラスメイトたちは、裕福な家庭の子供ばかりだった。彼らの会話は、最新のゲームや海外旅行、週末の家族の外出についての話題で満ちていた。僕はその中にいると、まるで異世界にいるような気がした。僕は生来引っ込み思案な性質であり、あまり彼らと親しくはならなかったが、クラスメイトが楽しそうに話す様子を見ていると、なんとなくうらやましいと思うこともあった。父さんとも母さんとも、僕にはそんな楽しい思い出がない。

 母さんは、僕が世間と接触しすぎることを避けていた。学校が終わると、すぐに家に連れ帰り、家での訓練や学習に集中させた。彼女の目には、僕の能力を最大限に引き出すことが最優先事項だったのだ。父さんも夜遅くまで仕事に追われており、家庭で過ごす時間は限られていた。そのため、僕の生活は学校と家の往復で成り立っていた。学校での華やかな日常と、家での厳しい訓練。この二つの世界の間で、僕は次第に自分自身の存在に疑問を感じ始めていた。果たして、この特異な生活が本当に僕のためになるのだろうか――。

 日に日に厳しくなる訓練に疲れ、僕は授業中に居眠りをしそうになった。重たいまぶたが閉じかけると、不意に僕の能力が何か感じたこともない存在を認識した。透視の精度を上げ、心の目を凝らす。あれは――?

 光を纏っているかのようなプラチナブロンドの、外にはねた髪。この世のものとは思えぬほど整った顔立ちの少女が見えた。場所は大学の研究室のようだった。誰もいないその場所で、彼女は熱心に論文のようなものを読んでいる。

 彼女の容姿には底知れぬ神々しさがあり、僕は心を奪われた。まるで天上の世界から降りて来たかのような雰囲気を漂わせる彼女に、僕はつい解析の能力まで使い、彼女の脳内の景色を盗み見た。

 その景色――・・・空は澄み渡り、金色の光が柔らかく降り注いでいた。浮かぶ雲は純白で、壮大な金色の城がそびえ立ち、美しい庭園や清らかな泉が広がっていた。鳥たちは歌い、花々が咲き誇り、まるで時間が止まったかのような、永遠の美しさを感じさせる光景だった。

 フッとビジョンが消えた。能力の限界だ。僕はそのまま居眠りしていたらしい。気づいたときには、先生の怒り顔が目の前にあった。

 先生の叱責に耳を傾けながらも、僕の心は別のところにあった。彼女の存在は一瞬の幻ではない。彼女は確かに存在し、きっと、あの美しい世界から来たのだ。彼女の意識から読み取った世界の光景は、僕の心に焼き付いたまま離れなかった。



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千里眼の少年 第三章


 初陣だ。僕の能力が悪魔を討伐するのに十分な域に達したとされた、ある夏のことだった。僕の透視能力が、ある山沿いの歴史ある城下町の郊外に、悪魔の存在を感知した。

 その日は修学旅行であり、僕はたまたまその町を訪れていた。空の色は茜から藍に変わり、満月が見えていた。その日の予定はすべて消化され、これから旅館での夕食になるというタイミングだった。

 その存在との距離は、能力の有効範囲ギリギリのようで、ヴィジョンはぼんやりとしているが、解析も合わせると、この感じは悪魔に違いないと思った。組織用の小さなタブレット端末で、そのことを父さんに連絡すると、

「ちょうどいい。お前が討伐してみせろ。この時期、そこは修学旅行先として人気スポットだからな。ちょうどその付近に組織の者を配置している」

 とのことだった。

 修学旅行の夕食が心残りではあったが、組織の活動の方が大切だ。僕はこれまで実戦はしてこなかったが、悪魔による被害の記録や動画を繰り返し見せられ、それなりの義憤は芽生えていた。それに、異世界の者と接する機会があれば、またあの天上の世界を見ることができるかも、そんな期待もあった。

 こっそりと旅館の窓から抜け出し、路地裏で少し待っていると、一台の車がやってきた。それは黒のセダンで、外見はあまり目立たないが、父さんから聞いていたものと同じ車種だ。助手席のドアが自動で開いたので、僕はそこに乗った。運転手は、見知った顔の男だった。

「よぉ、久しぶりだな。ボウズは敵の位置まで案内してくれるだけでいいぜ。稽古をつけてやったとはいえ、戦いは俺に任せといてくれや。そもそもボウズの能力は、前線に出るようなモンじゃねぇからな。」

 彼は僕の戦闘訓練の先生だった。細身だが筋肉質の長身に、オールバックの黒髪、顎髭にサングラスの強面だ。異能は身体強化。わかりやすく戦闘向きの能力で、能力を発動した彼は、銃弾すら受け付けず、圧倒的な力で敵を薙ぎ払う。

 エグゼシスタは民間だが巨大な組織で、世界中の国に支部を持つ。しかしその大部分の構成員は普通の人間であり、異能者の数はそう多くはない。この国にいる組織の異能者は、僕含めて全員で36人しかいないという。彼はその中でもトップクラスの、貴重な戦力だ。

 透視能力を連続使用すると強い疲労が襲ってくるため、僕は能力を切っては再発動しつつ、悪魔がいる場所まで先生を誘導する。場所はそう遠くない。修学旅行の案内冊子にも載っていた、夏祭りのときに使われることが多い、片道一車線の細い山道だ。空は暗くなっていたが、満月のおかげで視界は悪くはない。

「急いでください!車が一つ大破しています。それと、大人の男性と女性が・・・いえ、彼らはもう。あと、男の子と女の子が一人ずつ。こちらは負傷して気絶している様子ですが、息はあります。そして・・・、これは、狼男?」

 距離が近づき、ヴィジョンがはっきりしてきた。解析しつつ、状況を先生に伝える。そこでは、ファンタジーから抜け出してきたような筋骨隆々の狼男が、血を流して路面に倒れている小さな男の子と、僕よりやや年上に見える女の子を、ニタニタと見下ろしていた。

 大破した車の中には、彼らの両親だろうか。成人の男女が見られたが、こちらはすでに死亡している。

「狼男の他にも、痩せた、変に足の長い男たちの姿が見えます・・・!」

「ワーウルフにグールだな。あの悪魔どものことだ。すぐにトドメを刺さねぇってことは、これからいたぶるつもりなんだろうが、そうはいかねぇ。」

「もうすぐそこなんだろ?先に行く。ボウズは後から来い!」

 先生は路肩に車を止めると、能力を発動して風のように駆けていった。きっと、僕と悪魔が直接戦わなくていいように配慮してくれたんだろうけど、余計なお世話だと思う。

 僕の足では先生から大きく遅れてしまうが、現場へと走る。走りながら、また透視能力を発動する。よく見ると人狼の背後には、漆黒の炎に縁取られた円形の門のような物が見え、どこかの歓楽街を思わせるような、妖しげな街が見える。あれが悪魔たちの世界なのだろうか?

 能力を切っていたわずかの間に、何があったのだろうか。少年と少女の怪我は直っており、混乱しながら何かを言っている。狼男が近づいていき、彼らを軽々と小脇に抱えてしまった。あの世界に連れ去ろうと言うのだろうか。そこで――

 火柱が上がった。突然、狼男が燃え上がったのだ・・・!その炎は狼男の横にいた痩せ身の悪魔にまで伝染し、悪魔どもを灰に帰していく・・・!しかしなぜかそれは、少年と少女を燃やさない・・・

「あっ!」

 何かにつまづいて転びそうになり、能力が解けてしまった。見るとそれは、上半身と下半身が前後逆向きにねじれた、痩せ身の怪人の死体だった。

 先生が倒していったのだろう。先を見ると、同じような死体が他にもある。それら悪魔の死体を7体ほど通り過ぎ、さらに色の違う死体を一体通り過ぎると、能力で見た視界に、現実が追いつく。

「ボウズ、こりゃあ、とんでもねぇ収穫かもしれねぇぜ?」

 戦闘中に飛ばされたのか、サングラスを失った先生が、目の前を見下ろしていた。

 そこには、あの狼男たちが遺したと思われる灰と、少女が倒れていた――・・・。



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千里眼の少年 第四章


 家族が、増えた。あの少女を、僕の両親が引き取ったためだ。少女は僕より数ヶ月上で、僕には姉さんができたことになる。あの場にはもう一人、少年がいたはずだが・・・。そのことを姉さんに聞いても、何かの決意を瞳に宿し、口をきつく結ぶだけだった。

 しかし、姉さんは、普段は裏表のない快活な人柄に見えるが、夜になると毎晩、どこかへと行く。一体何をしているのか流石に心配になった僕は、ある日とうとう、姉さんの行動を、透視で盗み見ることにした。

 すると、猫の仮面を被った姉さんが、小川に向かって炎を放っている――・・・。そんなヴィジョンが見えた。この炎は、あの時の。やはりあの狼男どもを燃やしたのは、姉さんだったのか。しかしあの時のことは、先生も知っているし、先生から父さんにも伝わっているはずだ。父さんなら、喜んで姉さんを組織の一員にしようとするはずなのに、なぜ何もしないのだろう?

 ある時、僕は父さんに、その事を聞いてみた。すると、

「あいつは、そういう目的で引き取ったのではない。あいつは、私の弟の娘だ。あの事件の被害者は、私の弟夫婦だ。一人残されたあの娘を、私が引き取らないわけにはいかないだろう。」

「それにあいつは、悪魔どもと会えば、それを足がかりに、なんとしてでも魔界に行こうとするだろう。あの事件の後、結局あいつの弟は見つかっていない。十中八九、魔界へと連れ去られたのだろう。しかし、魔界からこちらの世界に戻って来た人間の例などない。あいつの弟のことは、諦めなければなるまい。」

「我々の目的は、あくまでもこの世界にて、悪魔どもから人間を守ること。異世界に行こうと願う者を、組織に入れるわけにはいかないのだ。お前も、あいつが悪魔どもに会おうと無茶をしないように、気にかけておいてくれるか?」

 異世界に行こうとする者は、組織に入れるわけにはいかない・・・。

 父さんのその言葉に、あの、美しい世界の記憶がちらつく。僕は・・・。

 しかし、あの美しい世界と悪魔とは、関係はないだろう。僕は、父の言葉に頷き、姉さんを悪魔どもから、さりげなく遠ざけておくことにした。

* * *


 僕と姉さんは高校生になった。その頃、断続的に流れる異様なニュースに、全国が恐怖に包まれていた。ある工事現場での作業員たちの惨殺事件を皮切りに、各地で謎の大量殺人事件が頻発していたのだ。

 世間では、犯人に関するまことしやかな噂があふれていた。その中には、犯人は、仮面を被った異常な怪力を誇る怪物で、武器を使わずに素手で人間を引きちぎる。その傍らには、小さな悪魔が付き従っているという話もあった。

 間違いなく悪魔が関わっている。全国的に広まったその噂は、当然、姉の耳にも入るだろう。姉さんがソワソワしているのがわかる。もう、姉さんに悪魔のことを隠しておくことはできないのではないか?ヴィジョンで見た姉さんの炎の力強さに、僕は危機感を覚えていた。

 そしてついに、全国を震撼させる殺人鬼の恐怖が、この町の近くにまで及んだ。ある日、隣町のキャンプ場で、件の殺人鬼によると思われる襲撃事件が発生したのだ。多数のテントが倒壊し、けが人も多かったが、いずれも不自然なほど軽傷だった。被害の様子がこれまでの事件とは異なっており、当初は突風によって大木が倒れた事故だと見なされた。しかし、現場にいた被害者からの通報によって、殺人鬼との関連が明らかになったのである。

 組織のことは黙っておくにしても、僕の能力と、僕が姉さんの能力を知っていることを、話そうと思う。そうしていざとなれば協力できるようにしておかないと、もう危険だ。姉さんが、いつ暴走するかわからない。



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千里眼の少年 第五章


 ある休日の夕方。郊外のショッピングモールに、姉さんの買い物に付き添うことになった。本来は、高校の文化祭のための準備で、姉さん一人で行くはずの用事だったけれど、あの殺人鬼の噂が頭をよぎり、僕は念のため同行を申し出た。何かあったときは、すぐに父さんに連絡するつもりだった。

 ショッピングモールのガラスの自動ドアが開き、軽快なBGMとともに、空調の効きすぎた冷たい空気が肌をなでた。

 同じ町に住んでいるにもかかわらず、僕がここを訪れたことは、ほとんどない。日常で接点がなかったせいか、どこか旅先に来たような気分になる。

 三階建ての吹き抜け構造を中心としたモール。僕は入口でそっと能力を発動し、心の目で全体の構造を概観する。

 近くには服屋がいくつか並んでいた。チェーン店もあれば、地元の店っぽいのもある。季節が合ってるのかどうかもよくわからない服が、ワゴンに雑多に積まれていた。

 中央の吹き抜け周辺には、地元の名産品を扱う土産物屋が広がり、ジャムや菓子、乾燥フルーツの詰め合わせが山のように積まれている。さらに奥へ進めば、生鮮食品の大型売り場もあるようだった。

 二階にはフードコートがあり、姉さんは以前ここでよく何かを食べていたと話していた。ゲーム屋や電気屋もこの階に集中していて、人通りも多く賑やかだ。たしかに同級生たちも、このモールの話をよくしていた記憶がある。

 三階は様子が変わる。人影はまばらで、アウトドア用品店や旅行カバンの専門店、寝具売り場、さらには整体院や英会話教室まであって、雑多な空間が広がっている。何のフロアなのか、少し考えてしまうほどだった。

  休日の午後とあって、館内はどこも賑わっていた。私服姿の学生たち、買い物袋を提げた家族連れ、ベビーカーを押す若い夫婦たち。吹き抜けの天井には大きなガラス窓があり、茜色の夕陽が柔らかな光でその日常を包んでいた。

 姉さんの目的である雑貨屋も、能力で位置を把握していたのですぐに見つかった。能力を切り、迷うことなくそこへ向かう。

 買い物はすぐに終わった。けれど、せっかく来たのにそのまま帰るのはもったいない気がした。ふと、フードコートのほうに目が向く。

「少し早いですが、夕食はこのまま二階のフードコートで済ませましょうか。母さんには僕から連絡しておきます」

 自然に、けれど半ば既定路線のようにそう告げた。姉さんは、少し呆れたように僕を見たが、特に反論はなかった。

* * *


「で、何食べるの?」

 フードコートの奥、運よく空いていた二人席に荷物を置くと、姉さんが何気なく尋ねてきた。そうだ。この機会に能力について、少し話しておくべきだろう。

「あ、いえ。僕は、てんぷらうどんにでもします。」

 軽く会釈しながら答え、姉さんに背を向けて、うどん屋のカウンターへと向かう。同じ店に来させないよう、自然に距離を取る。

 カウンター前には少し人が並んでいた。その最後尾に立つと、すかさず意識を切り替えて、能力を発動。心の目で、姉さんの行動を追う。

 彼女はクレープ屋に向かい、迷いなくチョコバナナを選んだ。僕はすぐにスマホを取り出し、一言だけメッセージを送信する。

 チョコバナナ

 姉さんがスマホを取り出し、怪訝そうに動きを止めるのが、能力越しに見えた。その反応を確認してから能力を解除し、受け取ったてんぷらうどんといなり寿司のトレーを手に、席へと戻った。

* * *


「じゃあ、さっきのも、あたしが何買うかまで、ずっと見てたってこと?てか、それをいきなりスマホに送って来るセンスってなんなの?」

 僕が透視能力の仕組みを簡単に説明すと、姉さんは呆れたように言った。彼女は驚いた様子を見せたものの、動揺は少なかった。――やはり、自身も異能者だということだろう。

「・・・まあ、だいたいわかった。あんたが変な力持ちなのは。で、わざわざそれを打ち明けてきたってことは――」

「姉さんも、何か持ってると見ています」

 僕はためらわず言った。情報は、ここで共有しておいた方がいい。

「・・・あるよ。火を出す」

 思ったよりあっさりと、姉さんは口を開いた。

「そう。――あれは、小学生の頃だった。はっきり覚えてる。夜の道で、得体の知れない連中に襲われて、どうしようもなくて・・・、気がついたら、手から火柱が上がってた。あたしのじゃないみたいに、勝手に、ぶわっと」

 語る口調は、妙に冷静だった。僕はうなずきながら、じっと耳を傾ける。

「あれ以来、たまに出る。最初ほど派手じゃないけど、集中すれば、ちょっとした火ぐらいなら」

 本当は――もっとずっと使いこなしているはずだ。夜ごと、小川で訓練している姿を僕は知っている。でも姉さんは、そのことを隠すつもりでいる。たぶん、父さんが言っていた通り、魔界に連れ去られた"弟"を取り戻すため、すべてを一人で背負い込んでいるのだろう。

 胸の奥に、歯がゆさが広がる。けれど、魔界に連れ去られた人間を取り戻す手段など、今の僕には何も思い浮かばない。僕に言えることは、何もなかった。

「じゃあ、あんたのその能力だと、ここに座ったままでも、隣町くらいまでは見えちゃうんでしょ?すごいじゃん。あたしのなんて、ただ火がちょっと出るだけだし。」

「そこまでじゃありませんよ。見えるのはせいぜい、あのあたりまで・・・」

 僕は窓の外に視線を向け、町の裏手にある小高い山を指さす。そして、話の流れに導かれるように、自然と目を閉じた。意識を集中し、心の目をその山の周辺へと向ける。

 ――殺せ、殺せ、殺せ・・・。

「・・・!?」

 突然、心の視界が歪み、頭がぐらりと揺れた。耐え難い暗い酩酊感が襲ってくる。額がなにか柔らかいものを押しつぶすと共に、現実感が希薄になる・・・

「ちょっと、あんた?なにやってんの!」

 姉さんの声が遠くで響く。

 ――これ以上、覗いてはいけない。僕は慌てて能力を解除した。今見えたのは、禍々しいオーラをまとった、ホッケーマスクを被った巨漢。そして、その周りをくるくると回るように飛び回っていたのは、頭部が異様に大きく、コウモリの羽を持つ金髪の小悪魔。あれは、"シャドウミンクス"の亜種だろう。

 間違いない。エグゼシスタに報告されていた特徴と一致する。あの、殺人鬼だ・・・。

 裏山の崖から飛び出した彼らは、家々の屋根を足場にして、まっすぐこのショッピングモールを目指していた。

 まずは父さんに連絡だ!僕はスラックスのポケットに手を差し入れ、組織用端末の緊急コードを押す。これはあらかじめ決められた手順で操作することで、声を出さなくても状況が分類され、敵の数や種類、座標を送信できる仕組みだ。もちろん通話もできるが、姉さんの前でそれは避けたかった。

「姉さん。避難しましょう。とても危険な人物が、近づいてきています。」

「すでに通報しました。まもなく救援が到着するはずです。さあ、早く!」

* * *


 食べかけの昼食も放り出し、僕は姉さんの腕を掴んで駆け出す。目指すは屋上駐車場。まずは姉さんを安全な場所に避難させなければ。

 階段を昇る間、能力は使えない。足元を踏み外す危険があるからだ。焦る気持ちを必死で抑えながら、一段一段を駆け上がる。

 3階にたどり着いたそのときだった。吹き抜けの方から、どよめきが広がる。

 なんだ?何があった・・・!

 すぐそこだったので、能力は使わず、姉さんの手を引いてバルコニーへと向かう。すぐに、床にうつ伏せで倒れている警備員の姿が目に入った。

「一体、何があったんですか!?」

 近くにいた清掃員らしき男性に尋ねる。

「あ、あいつが・・・!一階から、警備員をここまで投げ飛ばしたんだ!ありえないだろ、そんなの・・・!」

 手すりに手をかけ、下を覗き込むと、筋骨隆々の仮面の男が、1階で暴れていた。

 もう来たのか・・・!早すぎる!

 すでに周囲には、負傷して倒れた一般人が何人もいる。金髪の小悪魔が、それを楽しむように飛び回り、囃し立てていた。目を逸らしたくなるような惨状。空気には血の匂いが漂い、1階全体が、大男の暴力に蹂躙され、修羅場と化していた。

「ちょっと!今こそ能力を使って戦う時でしょ!戻るわよ、1階に!」

 姉さんが僕の手を掴んで階段へ引き返そうとする。だが――

 階段には避難しようとする客が押し寄せ、パニック状態になっていた。とても1階に戻れるような状況ではない。

「姉さんは、ちょっと火を出すしかできないんでしょう?とにかくすぐに救援が来ます!今は屋上へ・・・!」

 僕は階上を指差す。屋上駐車場に出られれば、多少は安全が確保できる。

「さっきから、救援って何よ!あんた、能力以外にもあたしに隠してること、あるんじゃないの?」

「・・・あたしも、隠してて悪かったけど。本当はもっとちゃんと使えるの!あんな殺人鬼なんて、余裕なんだから!いいから、一階に戻るわよ!」

 姉さんは、持ってきていたらしい、トートバッグから猫の仮面を取り出し、何の躊躇いもなく頭に被った。そしてそのまま走り出し、バルコニーの手すりに手をかける。

「ちょっ、何をする気ですか!?」

「ここから飛び降りる。大丈夫、なんとかなるって!」

「なるわけないでしょう!大怪我しますよ!・・・ちょっと待っててください!」

 ――もう、止めるのは無理だ。それなら、僕が先に準備するしかない。階段もエレベーターも使えない今、1階へ降りる別の方法を見つけるしかない。

 僕は一瞬だけ透視を発動する。殺人鬼の放つ禍々しい波動が意識をかすめ、心がぐらつきそうになる――だが、すぐに "使えるもの" を見つけた。

* * *


「ここに投げ落とせばいいのね?」

「はい!能力で見ましたが、この下には何もありません。あの男の位置からも見えにくい。ここが最適でしょう。」

 姉さんは、寝具売り場から"拝借"してきたベッドマットレス3つを、吹き抜けのバルコニーから1階へと次々に投げ落とした。

 ドスン、ドスン――と鈍い音を立てて着地したが、周囲の喧騒にかき消されて、誰も気に留める様子はない。

 その間に僕は登山用品店で見つけたカラビナをバルコニーの手すりに引っ掛け、クライミングロープを結びつける。結び方は信頼性の高いボウラインノット、念のため、二重に締め直した。

 一階ではどんどん被害が広がっている。悠長にハーネスをつけている時間はない。

「姉さん、これをつけてください!摩擦で火傷します!」

 僕は登山用グローブを姉さんに渡し、自分も速やかに装着する。

「僕が先に行きます!」

 姉さんの返事を待たずに、僕は手すりに飛び乗った。ロープをしっかりと握り、膝を少し曲げて衝撃に備えながら、一気に滑り降りる――!

 目標は、下に敷き詰めたマットレス。

 ――あとは、着地を決めるだけだ!

* * *


「ところであんた、なんでそんな包帯を巻いてんの?前、見えてる?」

「これが僕の戦闘スタイルです。気にしないでください。」

 僕は、包帯のようにも見える薄い布を頭に巻き、目を覆い隠している。前はちゃんと、肉眼でも透けて見えている。これは敵に、能力の発動を気づかせないためのものだ。僕は能力を使っている間、目を閉じる必要がある。

 問題なく着地した僕と姉さんは、男の背後へと静かに接近する。距離、およそ8メートル。興奮して一般人を襲っている男は、こちらにはまだ気づいていない。その上を、あのシャドウミンクス系列の小悪魔が宙を舞い、囃し立てている。

 外からは、サイレンの音が幾重にも鳴り響いていた。

 姉さんが立ち止まり、腕を伸ばす。そして――

 手のひらから、鋭く収束した爆炎が閃いた。しかし、動物的な勘だろうか。男は咄嗟に横に跳び、火線を回避してこちらを振り返った。

「悪魔の手先め・・・!かかってきなさい!ここであたしが止めてやるわ!」

 姉さんはすかさず第二波を放つ。男はそれもひらりとかわし、近くの服飾店に立っていたサマードレスのマネキンを掴むと、姉さんへと投げつけた。

 姉さんは冷静に身を引いてそれを回避。訓練を受けたわけでもないのに、なかなかいい反応だ。

「へぇ・・・、なんだか知らねぇが、能力者が相手か。そういうのを待ってたんだよ!」

 男が口を開くが、応じる理由はない。・・・そうだ。姉さんが戦いやすいように、ワザと隙を作ってやろう。

「ん?あれ・・・?」

 僕はなにかに気を取られたふりをして、男に背中を向ける。そして、能力を発動。

「おいガキィ!戦闘中によそ見してんじゃねぇよ!」

 風のような速さで突っ込んでくる男の拳――しかし僕には見えている。男から放たれる闇の酩酊感に耐えながら、僕はその拳を、しゃがんで回避した。姉さん、今だ!

 ――振り向くと、何故かそこには、母さんがいた。

「怪我はない?殴られそうに見えたから・・・」

 まさか。

 母さんは、位置交換の異能――対象と自分の座標を瞬時に入れ替える「転換」の能力者だ。その能力を使って、僕が出した救援信号に反応し、真っ先に駆けつけてくれたということか・・・?けれど今は、そもそも攻撃が当たる場面じゃなかったのに!

 状況を再確認する。

 男はショッピングモール入り口付近にまで移動していた。そこにはすでに、警官も大勢到着し始めていた。

 一方、姉さんは――吹き抜け近くで小悪魔に向けて、炎弾を連射していた。

「ひえ~!魔王サマ、お先~!」

 小悪魔はギリギリで炎弾をかわしながら吹き抜けを舞い上がり、3階付近に達したところで、水色のカードを掲げた。そして、その姿は、ふっとかき消えるように消滅した。

 ――逃げられた!?

 そうか・・・。奴らが各地に突如現れ、急に消えて行方不明になる原因は、あのカードか。

 ――パァン!

 乾いた銃声が鳴り響いた。

「動くなァ!」

 警官たちが、威嚇射撃をしていた。どうやら、あの男は小悪魔の助けがなければ転移できないらしい。ならば、多勢に無勢。拳銃を持った警官たちが囲めば、流石に捕まるはず――

 ん?男がポケットから、何か、黒く光る一枚のカードを取り出した。・・・あれは、何だ?

 即座に能力を発動し、解析を開始する。

* * *


 殺せ。殺せ。殺せ――

 突然、頭の中に、闇そのものを凝縮したかのような悍ましい声が響いた。あの男から発せられた何か。いや、男の背後に潜む、もっと根源的な存在かもしれない。

 ふと、よぎる。この声の主は、明らかに、この世のものではない。――もしかして、あの美しい世界について、何か知っているのでは?もしかすると、この男や、あの小悪魔と、一度、ちゃんと言葉を交わせば・・・。

 思考が明後日の方向へ逸れる。場違いな空想。

 足元がよろける。視界が傾ぎ、重力に引きずられながら膝が折れた。

 ――しまった。致命的な隙だ。

 男が動いた。雷のような加速。振り上げられる拳。これは、避けられない。

 死を覚悟した、その瞬間――視界が、一変した。

 背後から、棚が連続的に倒壊する音。振り返ると、ホール近くまで吹き飛んだ母さんが、散乱した商品に埋もれるように倒れ込んでいた。

 ――母さんが、転換の能力で僕の身代わりに・・・!?

 ショックを受ける光景のはずが、なぜかすぐにその印象が薄れる。代わりに、頭の奥から再びあの声が響く。

 殺せ。殺せ。殺せ――

 現実が色を失い、モノクロームの俯瞰映像のように切り離されていく。まるで他人事のように、目の前の惨劇を"観察"している自分がいる。

「よくも叔母さまを!死ねぇ!」

 少女の叫びと共に、獄炎が男を襲った。炎は左腕に直撃し、肩口までを飲み込むように燃え上がった。肉が炭化し、男のくぐもった呻きが響く。

 ――闇の声が、許しがたい存在を認識し、絶叫する。

 その声の濁流の中で、僕の何かが、軋んだ。

 やめろ。そんなことをしてはいけない。今は――彼こそが、守るべき存在なんじゃないのか?

 あの世界へ通じる扉を開く者。あの"美しい場所"へつながる、道しるべ・・・

 僕は、スラックスの内ポケットからナイフを一本抜き取り、少女へと投げる。刃には、麻酔薬が塗られている。

「えっ?なん・・・」

 ナイフは正確に飛んでいき、少女の脇腹にささった。

「あんた・・・」

 少女が、信じられないという目でこちらを見つめ、呻くように片膝をついた。

 男が駆け寄り、倒れ込む少女を片手で抱え上げ、背中へと背負う。そして、人間とは思えない跳躍力で、2階へ――ガシャンッ、と大きなガラスが砕ける音が響く。男の気配が消えていく。頭の中を支配していたあの声も、潮が引くように消えていった。

 何をしているんだ、僕は・・・?



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