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炎の少女 第一章
手のひらから水面に向かって、一直線に放たれた炎を、左右にゆっくりと曲げてみる。以前よりもコントロールしやすくなっていたが、まだ完璧には程遠かった。火の勢いを調整し、形を変え、時には一瞬で消すことも練習した。
すっかり日課となった、夜の小川での、孤独な訓練。あたしは、もし誰かに見られてもいいように、昔、弟と一緒に、夏祭りで買ってもらった猫のお面で、顔を隠すことにしていた。これを付けていると、天国のお父さん、お母さんが、見守ってくれている気がするのだ――・・・
* * *
あたしには、不思議な力があった。何もないところから、火を生み出すことができる能力だ。その力に気づいたのは、異世界の悪魔どもとの邂逅・・・あの事件がきっかけだった。
あたしは、山沿いの自然豊かな町に生まれた。家族構成は父、母、弟、そしてあたし。父は地元の小さな工場で働いていて、手先が器用で、時々家でも木工細工をしていた。母は町の薬局でパートをしていて、いつも家族の健康に気を配ってくれていた。弟はまだ小学校低学年で、あたしとは年が少し離れていたけど、いつも一緒に遊んでくれる可愛い弟だった。
その日は、家族全員で夏祭りに行くことになっていた。自宅から少し離れた町で開かれるお祭りで、その地域では少し有名な行事だった。そこに向かうための近道となる、片道一車線の山道を車で走らせながら、父は運転席で楽しそうに祭りの話をし、母は、
「二人とも浴衣がよく似合ってるわ。きっと素敵な写真が撮れるわね」
と微笑んでいた。弟は、お祭りで出る金魚すくいや射的に夢中になる気満々で、車の中ではしゃいでいた。
あたしたちが到着すると、すでに祭りは賑わっていて、提灯の明かりが辺りを照らしていた。太鼓の音が遠くから響き、出店の活気ある声が祭りの雰囲気を一層盛り上げていた。弟はすぐに目を輝かせ、
「お面が欲しい!」
と言い出した。あたしも弟の気持ちに賛同し、両親にお願いすることにした。
「じゃあ、二人ともお揃いのお面にしようか?」
父が笑いながら言い、あたしと弟は顔を見合わせて頷いた。猫のお面が、祭りの雰囲気にピッタリで、あたしたちはそれを頭に乗せ、楽しそうに境内を歩き回った。
弟は射的で真剣な顔をして景品を狙い、あたしは金魚すくいで苦戦しながらも、家族みんなで笑い合っていた。どの出店に行っても、何をしても楽しくて、時間が経つのを忘れるほどだった。やがて、花火が夜空を彩り、あたしと弟は手を取り合いながら見上げた。
祭りが終わり、そろそろ帰ろうということになった。父が車の運転席に座り、あたしたちは再び家へと向かった。車内はお祭りの余韻でいっぱいで、弟は手に入れた景品を見せびらかし、あたしも猫のお面を手に取りながら笑っていた。母は助手席で満足そうに目を閉じて、心地よい疲れを感じているようだった。
「楽しかったな、また来年も行こうな!」
父のその言葉に、あたしと弟は、
「うん!」
と元気よく返事をした。
道の真ん中に、巨大な影が現れた。父が急ブレーキを踏んだが、間に合わなかった。影は、信じられない力で車に突撃してきた。世界がひっくり返るような衝撃とともに、あたしは気を失った。
* * *
目を覚ました時、周囲は暗闇だった。車は無惨に壊れていて、父と母は動かなくなっていた。弟はかろうじて意識を取り戻していたが、彼もひどく怯えていた。
あの影が、再び現れた。月明かりに照らされたその姿は、そう、人狼・・・、ファンタジー世界から抜け出してきたような、屈強な狼男だった。彼の背後には、歪な痩躯の怪人たちが数体従っていた。彼らはあたしと弟を見下ろし、にやりと笑った。
あたしと弟は重傷を負っていたが、怪人の一体が不思議なカードのようなものを取り出すと、瞬く間に傷は癒え、あたしたちは立ち上がることができるようになった。
狼男たちの背後には、漆黒の炎で縁取られた円形の扉が口を開き、目を凝らすと、その向こうには、赤黒い草木に覆われた、禍々しい世界が広がっていた。弟は恐怖で震え上がり、あたしもどうしていいかわからなかった。狼男は、怯えるあたしと弟を、その屈強な両腕で軽々と抱え上げ、扉へと向かう。
「いやだ!離して!」
その瞬間、あたしの手から炎がほとばしった。
あたしの中の何かを消費して放たれた獄炎は、恐ろしい勢いで狼男と怪人たちを包み込んだ。奴らは、その禍々しい外見とは不釣り合いなほど情けない悲鳴を上げる。不思議なことに、その炎は弟には届かず、彼を守るように避けた。このまま、燃やしつくしてやる・・・!
一瞬の出来事だった。燃える狼男の背後のゲートから、悪魔じみた翼が生えた長身の女が飛び出し、そして、弟の手を掴むと、再びゲートの奥へと姿を消した。と、同時に、ゲートは幻であったかの如く、霞んで消えてしまった。
その光景を最後に、あたしは力を消費し尽くし、意識を手放した――・・・。
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炎の少女 第二章
あたしは、その後、父の伯父夫婦に引き取られた。ふたりには、あたしより数か月年下の男の子がいたけれど、家族そろって、あたしを歓迎してくれた。
伯父様はジャーナリストで、あまり家にはいなかったけれど、不愛想ながら誠実な人だった。叔母様は優しくて家庭的な人――もっとも、その優しさには、外と内を明確に分けるような、どこか選別的な感覚があったけれど、家族に対してはとても優しかった。あたしはその家庭の中で、安心して成長していった。
高校生になったあたしは、自然とクラスの人気者になっていた。明るくて面倒見の良い性格だと目され、みんなに頼りにされる存在だった。休み時間も友達に囲まれて、楽しい日々を送っていた。
でも、高校では多くの友達が部活に入っていたのに、あたしはどの部にも所属しなかった。文化系の部活にはあまり興味がなかったし、運動部に誘われても断っていた。なぜか、同級生たちが自分よりひどく脆弱に思えて、そんな彼らと同じ土俵に立つのが、ズルをしているような罪悪感を呼び起こすからだ。それに何より――あたしには、やらなきゃいけないことがある。
* * *
あたしには、夜ごとに欠かさない習慣があった。それは、家を抜け出して近くの小川へ行き、火を操る訓練をすることだった。いつか、あの世界に乗り込んで、弟を取り戻す。その日のために、あたしは自分の力をもっと鍛えなきゃいけない。これは、あたしの戦いだ。あんな化け物どもとの戦いに、伯父様や叔母様、新しい弟を巻き込むわけにはいかない。今日もあたしは、昔の夏祭りで買ってもらった色あせた猫仮面をかぶり、いつもの小川へと向かう――
その頃、断続的に流れる異様なニュースに、全国が不安と恐怖に包まれていた。ある工事現場での作業員たちの惨殺事件を皮切りに、各地で謎の大量殺人事件が続発していたのだ。
犯人にまつわる噂は、まことしやかに囁かれていた。その中には「仮面をかぶった異常な怪力の男が、武器も使わず素手で人間を引き裂く」という話もあれば、「その傍らには、小さな悪魔が付き従っている」というものもあった。あたしは、過去の記憶から、あの異様な世界の者たちが、ふたたびこの世界に現れたのではないかと直感した。
これは――チャンスかもしれない。その犯人を捕まえて、あの世界に行く方法を聞き出す!
あたしは、さらに能力を鍛えることを決意した。小川での訓練は、日を追うごとに激しさを増していった。手のひらから迸る炎の熱さと輝きが、あたしの決意を映し出していた――
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炎の少女 第三章(前編)
ある日の午後、ショッピングモールに少し買い物に行く用事ができた。高校の文化祭で装飾係になっていたあたしには、いろいろと揃えなきゃいけないものがあったからだ。
「姉さん、買い物ですか? 荷物が多くなりそうなら、持ち運びくらいなら手伝いますが」
弟がそんなことを言ってきた。こいつは、家族になってからもうだいぶ経つのに、いまだに敬語で、どこか他人行儀なままだ。・・・まあ、親睦を深める機会だと思えば悪くないか。実際、荷物持ちがいてくれるのは助かるし。
* * *
目的のモールは、町の郊外にぽつんと建っていた。もともとは郊外型スーパーの跡地を改装して造られたらしく、見た目は少し古くさく、どこか中途半端な広さだった。けれど、吹き抜けの三階建て構造は意外と開放感があり、今日みたいな週末だと家族連れでそこそこ賑わう。
ショッピングモールの入り口をくぐった瞬間、ひんやりとした空調の風が肌を撫でた。
入り口付近にはアパレル系の店舗が並んでいる。ファストファッションのチェーン店や、地元のブティック。季節外れのワゴンセールの服が雑然と積まれていた。
中央の吹き抜けのあたりには土産物屋の棚が並び、地元名産の菓子やジャム、乾燥フルーツの詰め合わせなどが所狭しと積み上げられている。
二階はフードコートが中心で、うどん屋にラーメン屋、ハンバーガー、クレープ、アイスクリーム、たこ焼き……。どれもそこそこ美味しくて、土日はけっこう混む印象がある。周囲には、ゲーム屋や電気屋なんかも並んでいて、食べるついでに立ち寄る人も多い。
三階は少し雰囲気が違う。人通りもまばらで、アウトドア用品店やスポーツ用品店、旅行カバンの専門店が肩を並べている。さらに、寝具売り場や整体院、英会話教室まであって、もはや何のフロアなのかよくわからない。
ざっと見渡しても、やっぱり休日らしく人は多かった。買い物袋を提げた親子連れ、制服ではない私服姿の学生、ベビーカーを押す若い夫婦たち――。吹き抜けの天井には大きな四角いガラスがはめ込まれていて、夕方になりかけた空から差し込むオレンジ色の光が、そんな賑やかな日常の光景を柔らかく照らしていた。
「さてと。さっさと済ませるよ」
手に持ったメモには、文化祭の準備に必要なものが雑多に書き連ねてある。画用紙、マーカー、模造紙、ガムテープ、画鋲、飾り紐・・・、どれも学校の備品だけじゃ足りなかった分だ。ちょっと面倒だけど、誰かがやるなら、あたしでいい。そう思って引き受けた。
「雑貨屋はこの辺ですね」
隣を歩く弟が、相変わらずの敬語で言った。
一階の文具と雑貨のコーナーは、服屋に挟まれてひっそりと並んでいた。こぢんまりとした売り場だけど、探せばちゃんと見つかる。あたしは棚を見ながらテンポよく商品をかごに放り込み、それを弟が黙って受け取る。言葉は少ないけど、息の合った作業って感じだった。
レジを通過し、紙袋をいくつか抱える。思ったより重い。すると当然のように、弟がそれを受け取ってくれた。
「少し早いですが、夕食はこのまま二階のフードコートで済ませましょうか。母さんには僕から連絡しておきます」
なんだか、もう決定事項みたいな言い方だった。まあ、別に文句はないし、いいけど。お腹すいてるのかな?
二階へと続くエスカレーターは、土産菓子の棚が並ぶ吹き抜けの脇を通っている。包装された饅頭やクッキー、見たことのないゆるキャラのパッケージ。甘い匂いが微かに漂ってくる。視線を上げると、三階の登山用品店の前では、リュックを背負ってはしゃぐ子どもの姿が見えた。
フードコートに着くと、思ったより混んでいた。学生グループや子ども連れが、思い思いの食事をトレーに乗せて席を埋めている。空席を探してうろうろしたあと、ようやく窓際の二人席を確保した。あたしは決済のためのスマホを取り出しながら、何気なく尋ねた。
「で、何食べるの?」
けれど弟は、なぜかその問いにすぐには答えなかった。何か言いたげに、あたしの目をじっと見る。
「あ、いえ。僕は、てんぷらうどんにでもします。」
そう言うと、弟はうどん屋の受付カウンターへと歩いて行った。
* * *
あたしは、とりあえず目に入ったクレープ屋に向かい、いちばん無難そうなチョコバナナを頼んだ。番号札を受け取って少し待っていると、すぐに名前が呼ばれる。甘い匂いの包みを受け取って振り向いたとき、ポケットの中でスマホが震えた。あたしは再びスマホを取り出し、画面を見る。
通知――メッセージが一通。
チョコバナナ
・・・・・・は?
通知は、弟からだった。思わず顔を上げて、さっきのうどん屋の方を探す。弟はまだカウンターの前に並んでいて、こっちを見ている様子はない。
冗談?それとも偶然?いや――そんなはずない。
軽く背筋にぞわっとするものを感じながら、あたしはクレープを片手に席へ戻った。
ちょうどそのとき、弟もトレーを持って戻ってきたところだった。湯気の立つうどんと、いなり寿司。表情はいつも通り、落ち着いている。
「甘いものだけですか?」
「いいの。晩ごはんっていうか、おやつって感じ」
そう答えながら、クレープの端をかじる。チョコが指に垂れそうになって、慌ててティッシュで拭った。弟は静かに箸を割り、てんぷらを崩さないようにそっと汁をすする。なんか、いつも通り――のように見えた。
でも、あたしの中には、さっきの「チョコバナナ」の文字が、じわじわと残っていた。
「・・・さっきのメッセージ、何?」
そう聞くと、弟は一瞬だけ箸の動きを止めて、あたしの目を見た。そして、静かに言った。
「姉さんって、自分に・・・変な力があるって、思ったことはありませんか?」
いきなりそんなことを言われて、あたしはクレープをかじる手を止めた。弟の表情は、やけに真剣だった。
「なに、急に。チョコバナナの件、どうやったの?見てたわけじゃないよね」
「透視です。席を立ってからの、姉さんの動きを、僕の透視能力で見ていました。」
あたしはクレープを包み紙ごとテーブルに置いて、弟の顔を見た。
「透視って、あの・・・壁の向こうが見える、みたいなやつ?」
「ええ。僕は能力を使えば、周囲の構造や人の動きが頭の中に入ってきます。範囲はまあ、数キロくらいは・・・」
「怖・・・。盗撮みたいじゃん」
「そう思われないように、使い方は選んでます」
さらっと言う。けれど、冷静すぎて逆に怪しい。
「じゃあ、さっきのも、あたしが何買うかまで、ずっと見てたってこと?てか、それをいきなりスマホに送って来るセンスってなんなの?」
「驚いてくれるかと思って」
・・・冗談が通じるテンションじゃなかったらしい。弟はちょっと居心地悪そうにうどんをすする。
あたしは腕を組んで、少し息を吐いた。
「・・・まあ、だいたいわかった。あんたが変な力持ちなのは。で、わざわざそれを打ち明けてきたってことは――」
「姉さんも、何か持ってると見ています」
ビシッと言い切られた。あたしは目をそらす。少しの間だけ黙ったあと、ポツリと答える。
「・・・あるよ。火を出す」
弟は箸を止めて、静かにこちらを見つめる。
「火、ですか?」
「そう。――あれは、小学生の頃だった。はっきり覚えてる。夜の道で、得体の知れない連中に襲われて、どうしようもなくて・・・、気がついたら、手から火柱が上がってた。あたしのじゃないみたいに、勝手に、ぶわっと」
自分でも驚くほど冷静な声だった。弟はうなずきながら、じっと聞いていた。
「あれ以来、たまに出る。最初ほど派手じゃないけど、集中すれば、ちょっとした火ぐらいなら」
――本当は、毎晩こっそり訓練してる。威力だって、前よりずっと上がってるし、狙ったところにだけ燃やすこともできる。でも、そんなの言うわけにいかない。悪魔どもとの戦いは、あたしがやるって決めたんだから。
弟は何かを考えるように眉をひそめた。
「ま、あたしのは、能力って言ってもそんなもんよ。」
あたしは、追及を避けるように話題を変えた。
「じゃあ、あんたのその能力だと、ここに座ったままでも、隣町くらいまでは見えちゃうんでしょ?すごいじゃん。あたしのなんて、ただ火がちょっと出るだけだし。」
「そこまでじゃありませんよ。見えるのはせいぜい、あのあたりまで・・・」
弟は、フードコートの窓から見える、町の裏手にある山を指さした。と同時に、なんとなく、という感じで目を閉じる。たぶん、話の流れで、とくに意味もなく能力を使ったのだろう。
――突然、弟が、いなり寿司の乗ったプレートに突っ伏した。
「ちょっと、あんた?なにやってんの!」
様子がおかしい。弟は、いなり寿司を潰したまま、頭をゆるゆると揺らす。そして、ゆっくりと上体を起こすと、唐突に言った。
「姉さん。避難しましょう。とても危険な人物が、近づいてきています。」
「すでに通報しました。まもなく救援が到着するはずです。さあ、早く!」
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炎の少女 第三章(後編)
突如、弟が立ち上がり、あたしの腕をぐいと引っつかんだ。そのまま無言で走り出す。
「ちょっと何なの?痛いってば!」
一応抗議はしてみたけれど、その様子はただ事じゃない。あたしも咄嗟にトートバッグだけは持って走り出した。中には、あの猫仮面が入っている。
弟は他のことには一切目もくれず、一直線に階段へ。息もつかせぬ勢いで駆け上がり、3階にたどり着いたそのとき、吹き抜けのほうから、どよめきが広がった。
吹き抜けが見える位置まで移動すると、バルコニーの手前に、警備員が一人、うつ伏せで倒れているのが目に入った。あたしは思わず駆け寄った。
「一体、何があったんですか!?」
弟が、すぐ近くにいた清掃員らしき男の人に聞く。
「あ、あいつが・・・!一階から、警備員をここまで投げ飛ばしたんだ!ありえないだろ、そんなの・・・!」
手すりに手をかけて下を見下ろすと、1階で、ホッケーマスクを顔につけた、筋骨隆々の大男が暴れていた。その周囲を、金髪の小悪魔が嬉しそうに飛び回り、囃し立てている。
小悪魔。異様に大きな頭部、金髪のツインテール、コウモリの羽。見た目は子どもじみているけれど、どう見てもただの人間じゃない。とりあえず、小悪魔と呼ぶことにしよう。
すでに周囲には、腕をもがれ、倒れ込んだ一般人の姿が見える。一目でわかった。あいつが、あの殺人鬼だ。
殺人鬼は容赦なく周囲に襲いかかる。動きは素早く、そして恐ろしく力強い。噂に違わぬ、素手で人間を引き裂く暴力。1階全体が、抗えぬ暴虐に呑まれていく。血の匂いすら、ここまで漂ってきそうだった。
「ちょっと!今こそ能力を使って戦う時でしょ!戻るわよ、1階に!」
あんなのを放っておけるわけがない!あたしは弟の手を引き、階段に戻ろうとした――が、すでに避難しようとした客たちで階段はごった返し、とても進める状況じゃなかった。
「姉さんは、ちょっと火を出すしかできないんでしょう?とにかくすぐに救援が来ます!今は屋上へ・・・!」
「さっきから、救援って何よ!あんた、能力以外にもあたしに隠してること、あるんじゃないの?」
「・・・あたしも、隠してて悪かったけど。本当はもっとちゃんと使えるの!あんな殺人鬼なんて、余裕なんだから!いいから、一階に戻るわよ!」
あたしは弟の手を振り払い、トートバッグから猫仮面を取り出して被る。そして再びバルコニーへ戻り、手すりに手をかけた。
「ちょっ、何をする気ですか!?」
「ここから飛び降りる。大丈夫、なんとかなるって!」
3階から1階へのダイブ。たしかに高い。でも、なんだかいけそうな気がした。
「なるわけないでしょう!大怪我しますよ!・・・ちょっと待っててください!」
弟は目をつぶり、何かを探るように集中し始める。ほんの一瞬、身体がぐらりと揺れたかと思うと、ぱっと目を開いた。
* * *
「ここに投げ落とせばいいのね?」
「はい!能力で見ましたが、この下には何もありません。あの男の位置からも見えにくい。ここが最適でしょう。」
弟が能力で見つけた"使える物"――寝具売り場にあったベッドマットレス3つと、登山用品店にあった謎のロープや金具。あたしたちはそれらをかき集め、再びバルコニーへ戻ってきた。
弟に指示されたポイントから、あたしはマットレスを一枚ずつ落としていく。ドスンと鈍い音を立てながら、それらは床に広がったが、騒然とした現場では気にされる様子もない。
弟は、何やら潰れた輪っかみたいな金具を手すりに引っ掛け、そこへロープを結びつけていく。
1階では依然として暴虐が続いている。悠長にしている暇はない。
「姉さん、これをつけてください!摩擦で火傷します!」
「僕が先に行きます!」
弟は登山用らしきグローブをあたしに渡すと、自分も手早く装着。そのまま一気に手すりへ飛び乗った。
ロープを掴んで、すうっと滑り降りる。その動きは驚くほど滑らかで、まるで訓練されたプロみたいだった。やがて弟の体は、マットレスの上にふわりと着地した。
ちょっと、どう見てもただの高校生の動きじゃないでしょ・・・!
あたしもすぐにロープを掴み、見よう見まねで――滑り降りた。
* * *
「ところであんた、なんでそんな包帯ぐるぐる巻いてんの?前、見えてんの?」
「これが僕の戦闘スタイルです。気にしないでください。」
弟は、なぜか顔全体に包帯を巻き、目元まで覆っている。その中央には、大きな赤い"目"のような模様がひとつ。なにそのセンス!?意味不明すぎるんだけど!
あたしらは、静かに殺人鬼の方へと走る。男は興奮しきって周囲の一般人を襲っており、ちょうど背を向けていた。その頭上を、あの金髪ツインテールの小悪魔が、キャッキャとはしゃぎながら飛び回っている。外からは、幾重にも重なるサイレンの音が聞こえていた。
今なら、いける――!
あたしは男の背中に狙いを定め、手のひらに熱を集中させた。この一発で仕留めてやる。殺意を乗せた爆炎が、一直線にほとばしった!
しかし男は、まるで野生の勘でもあるかのように身を翻し、横に跳んで回避した。そしてこちらを振り返り、ギロリと睨みつける。
「悪魔の手先め・・・!かかってきなさい!ここであたしが止めてやるわ!」
叫びながら、再びあたしは爆炎を放つ。男はそれをひらりとかわすと、近くの服飾店から、サマードレスを着たマネキンを引っつかみ――投げてきた!
だが、そんなの当たるわけない。あたしは冷静に身を引いて回避する。
「へぇ・・・、なんだか知らねぇが、能力者が相手か。そういうのを待ってたんだよ!」
男が拳を振り上げ、地鳴りのような足音を響かせながら突進してくる!
そのとき。
「ん?あれ・・・?」
近くにいた弟が、唐突に間の抜けた声を漏らした。背中を向けたまま、明らかに無防備。なにやってんの、今このタイミングで?
「おいガキィ!戦闘中によそ見してんじゃねぇよ!」
男はそれを見て、あたしの横を素通りし、弟の背中へと迫る。けれど――弟は冷静だった。能力で見えているのだろう。直線的に打ちぬかれた拳を、素早くしゃがんでやり過ごす。
次の瞬間。
男の姿が、ふっとかき消えるように変わった。目の前に現れたのは、叔母さま。
・・・は?え?なにが起きたの・・・!?
「怪我はない?殴られそうに見えたから・・・」
叔母さまが、穏やかに弟に声をかける。けれど弟はすでに回避していたし、特にケガもなさそうだ。むしろ、どこか気まずそうな表情で、ぎこちなく笑っている。
――なんだかわからないけれど、今はそれよりも殺人鬼だ!あいつは、どこに・・・?
辺りを見まわすと、殺人鬼は、モールの入口付近にまで移動していた。そこにはすでに、警察も到着しはじめており、拳銃を構えている隊員の姿も見える。もしかしたら、あいつの相手は任せていいのかもしれない。
――あの小悪魔は・・・?
視界の端、吹き抜け付近で戸惑うように空中を漂う姿を見つけた。ノーマークだ!まずはアイツから倒してやる!
あたしは狙いを定め、小悪魔に向かって駆けながら炎弾を連射した。
小悪魔は、炎弾をギリギリで回避しながら、吹き抜けを必死に舞い上がっていく。3階あたりに達したところで、袖の中から水色のカードのようなものを取り出した。
「ひえ~!魔王サマ、お先~!」
そう叫んだ次の瞬間、小悪魔の姿は、ふっと消えた。
「逃げられた!?」
――パァン!
突如、乾いた銃声が鳴り響いた。
モールの入口側では、警官たちが殺人鬼に向かって威嚇射撃をしている。さすがに多勢に無勢。これなら、あの男もすぐに捕まるはず・・・と思った、そのとき。
男がポケットから、黒っぽいカードを取り出した。カードは、まるで吸い込まれるように男の胸元へと沈んでいき、その身体がわずかに脈打つように揺れた。
すると、それを見た弟が、なぜか大きくぐらりと身体を揺らす。そして、殺人鬼が、雷のような速さで弟に向かって突進した!
銃声が再び響くが、男の動きが速すぎて、弾が当たらない。やばい、このままじゃ、弟が――!
まさに弟に拳が届く、その刹那。
弟の姿が、一瞬で、叔母さまに変わった。
そしてそのまま、殺人鬼の非情な拳が、叔母さまの腹部を直撃する。
その身体は、凄まじい勢いで宙を舞い、あたしのいる吹き抜けのほうへと飛ばされてきた。叔母さまは、ホールに並べられた土産物の菓子棚に激突し、散乱した商品に埋もれるように倒れ込んだ。
「よくも叔母さまを・・・!死ねぇ!」
あたしはとっさに獄炎を生み出し、殺人鬼に向かって一気に叩きつけた。
男は、殴った相手が弟から突然叔母さまに変わったことに戸惑ったようで、反応が一瞬遅れる。炎は男の左手に命中し、肩口までを一気に包み込んだ。
しかし――その時だった。
「えっ・・・?なに・・・?」
鈍い痛み。視線を下げると、あたしの脇腹に、ナイフが一本、深々と突き刺さっている。
「あんた・・・」
あたしは、出血を抑えながら片膝をつく。そして視線の先で――弟が、ナイフを投げたあとのようなポーズを取っていた。
・・・なんで?
ナイフには、何かの薬でも塗られていたのか。信じられないほどの速さで、意識が深い眠気に呑み込まれていく。
視界が、音が、思考が、闇に沈んでいった。
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続く・・・
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