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リツの記憶

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サイキックアイドル 第一章


 幕が上がると、まぶしいライトの熱気が押し寄せた。

 父は燕尾服を翻し、母は赤いドレスの裾をすくい上げながら、観客に深く礼をする。舞台の中央には黒いテーブル。母がシルクの布を掲げ、観客にその下を見せて何もないことを確かめさせる。父が片手を軽く振ると、音楽が止まり、一瞬の静寂。布をふわりとかぶせ、母が手を滑らせる。――カチリ。わずかな音が聞こえ、布の下の仕掛けが動いた。父が指を鳴らすと同時に布を払う。そこには一羽の鳩。観客が一斉に息をのむ。

 そのあと、父は前列の子どもを一人ステージに上げ、トランプを一枚選ばせた。シャッフルをしながら笑顔で語りかける。母は舞台後方で手拍子を打ち、明るいテンポで場を盛り上げる。その拍子の音が、観客の注意を自然に引きつける。――その瞬間に、父はカードをすり替えた。

 私はまだ、小学校に上がって間もないころだった。けれど袖の陰から見ているうちに、何が起きているのかがなんとなくわかった。父の親指の位置、カードの角のわずかな反り、そして布越しに覗く隠しポケット。全部見えていた。

 父が杖を掲げる。杖の先に火花が散り、炎が走る。舞台用に作られた、一瞬で燃え尽きる薄い紙――フラッシュペーパーが燃え尽きたあと、残ったのは、さっきの子どもが選んだカード。会場がどっと沸く。歓声と拍手が一斉に押し寄せる。母は笑いながら手を振り、父は誇らしげに観客へ一礼した。

 私はその光景を、暗がりの中から見つめていた。鳩も、カードも、炎も、偶然ではない。どこでどんな仕掛けが動いたか、瞬時に言い当てることができる。不思議なことなんて、ひとつもなかった。

 けれど、どうしてだろう。

 "あの歓声"だけは、本物のように思えた。

 嘘で構築された舞台の中でも、そこには、作りものではない熱があった。

 あの音の中には、何かが生きていた。私はそれを、いつか自分の手で生み出したいと思った。

* * *


 父は、昔は全国向けのテレビ番組に出ていたこともあったらしい。母はその当時の録画を、たまに流す。番組に映る彼は、今よりずっと若く、自信に満ちていた。父のマジックは、派手でわかりやすくて、当時の人々にはそれが"本物の奇跡"だった。

 でも、時代は変わる。

 流行のマジシャンが次々に現れ、映像技術が進み、観客の驚きのハードルは上がっていった。父のネタは古び、笑いも拍手も次第に薄くなった。

 今の彼は、どこかのイベント会社に登録し、ショッピングモールや子ども会、温泉旅館、老人ホームなどを回っている。週末ごとに古びた車に道具を積み、母と二人で出張ショーに出かける。子ども向けカルチャーセンターで手品を教えることもあったが、それも不定期だ。舞台ではもう、過去の人に過ぎなかった。

 新しい芸を生み出す熱はとうに消え、使い古された手堅い手法を、派手な音と光で包み直して見せるだけ。客が笑い、拍手を送るたびに、父は少しだけ胸を張る。その横顔を見るたび、私は胸の奥がざらついた。――こんな"手堅い奇跡"で、どうしてみんな満足できるんだろう。

 ある日、父と母が車に乗って出かけ、私は家に残されていた。居間には古いトランプと壊れかけた照明機材が転がっている。スイッチを入れると、安っぽい黄色の光が部屋の隅を照らした。その光を見つめながら思った。――私が欲しいのは、こんな光じゃない。拍手と歓声の中でしか生きられない血を受け継いでしまったなら、せめてもっと本当の奇跡を見せてやりたい。

 私は、父とは違う形で、舞台に立つ方法を探そうと思った。

* * *


 中学を卒業したあと、私は迷わず演劇の道に進んだ。舞台の上に立ちたかった。あの光と拍手の中に身を置きたかった。

 だから演劇の専門学校を選んだ。入学式の日、同じ台本を抱えた生徒たちが一列に並び、講師の話を神妙に聞いていた。みんな似たような表情をしていた。緊張と期待で硬くなった顔。その中に立っていると、教室の空気まで形を持って押し寄せてくるように感じた。

 講師が言った。「感情を解き放ちなさい。演じるとは、自分を解放することです。」

 私はその言葉に、少しだけ違和感を覚えた。解き放つ、というより、操るほうが面白いと思ったからだ。

 授業では古典劇や発声練習を叩き込まれた。鏡の前で笑顔を作る訓練。感情表現。即興劇。だけど、私はどれもつまらなかった。台本の中で決められた感情をなぞることに、意味を感じなかった。観客が「上手い」と言っても、それは予定された驚きにすぎない。予定調和の中に、本物の歓声はない。

 私は頻繁にライブハウスを回るようになった。狭いステージ、汗のにおい、スモークと焦げた機材の匂い。ステージと客席の境界がほとんどない空間で、観客と演者の熱が混じり合う。その熱気を浴びると、胸の奥がざわついた。あの光の中に立てば、きっと何かが変わる――そう思った。

* * *


 通い詰めるうちに、顔を覚えられるようになった。

 その夜、いつものように前列の端で見ていた私に、ステージの男が目を向けた。ギターを肩にかけ、汗で前髪を貼りつかせながら、マイクを握って笑う。

「いつも来てる子、今日もノリ悪いね!」

 軽い冗談のつもりなのだろう。観客席に笑いが広がる。私は、その笑いが自分を指していることに気づいた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 「あなたが下手だからでしょ」

 気づけば口が動いていた。自分でも驚くほど、声が通った。会場が一瞬静まり、それから爆笑に包まれた。照明が一瞬こちらを照らし、ステージの熱が肌に刺さるように伝わってきた。見知らぬ人たちの笑い声と拍手。その音が、頭の奥で弾けた。

 終演後、主催者が私のところに来て言った。

 「君、反応がいいね。舞台に立ったことある?」

 そして少し間を置いてから、笑いながらこう続けた。

 「今度、出てみる?」

* * *


 それから、すべてが変わった。

 私は小さなグループの一員として、地下アイドルの活動に加わった。

 歌も踊りもそれなりに覚えたけれど、私にとって大事なのはそこじゃなかった。観客の目線。フラッシュの光。拍手の波。その熱が、私を生かしていた。

 けれど、普通のライブではすぐに飽きがきた。

 もっと、驚かせたい。もっと、見たことのないものを見せたい。

 私はこっそりと、父から譲り受けた小道具を持ち込むようになった。

 ステージ上でトランプを消したり、紙片を炎に変えたり。

 観客が息を呑む瞬間――あの音。

 あれを聞くと、血が熱くなる。

 やがて私は、マジックのできるアイドルとして知られるようになっていった――。



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サイキックアイドル 第二章


 あの頃、私は舞台に立つことしか考えていなかった。

 拍手がほしかった。歓声を浴びていたかった。

 地下のライブハウスで、熱気と汗に包まれた観客を前に歌い、笑わせ、驚かせる。その瞬間だけ、私は生きていると感じられた。マジックを取り入れたパフォーマンスは評判がよく、ステージのたびに観客が増えた。歌よりも、ダンスよりも、私の見せるマジックに、歓声が集まるのがわかった。父の道具を改造し、より派手に、より速く、より危険に。拍手が大きいほど、私は高揚した。まるで心臓が外の音で動かされているようだった。

 けれど、拍手の音は少しずつ薄れていった。最初はほんのわずかだった。タイミングがずれたような、拍手の間が空くような。それだけのことなのに、私は息苦しくなった。

 ステージの光が弱まって見える。観客の笑顔の裏に、どこか冷めた目が混じっていた。ネットには「また同じ演出」「ネタ切れ気味」という言葉が並び、次第に人は減っていった。私は、拍手の減り方まで数えていた。昨日より三人分少ない。音の厚みが足りない。その違いを、誰よりも正確に聞き取っていた。

 もっと強烈なものがほしい。もっと、本物の驚きがほしい。父の仕掛けだけでは足りない。私は自作の小道具を持ち込み、照明や音響にも口を出すようになった。火薬の量を一つだけ多めにしてほしいと頼み、スピーカーの位相をずらして音をわずかに割らせ、トラスから下がるパーライトを増やしてもらった。それでも足りなかった。観客の息を呑む瞬間を、自分の手で作りたかった。あの音がほしい。あの熱が、もう一度。

 焦りの中で、ふと思う。これじゃ父と同じじゃないか。派手な光と音に頼って・・・。私が軽蔑していた"手堅い奇跡"そのものだ――。

* * *


 トラスが、軋んでいた。アルミのフレームに吊るされたパーライトのひとつが、クランプから外れかけてぶら下がっている。鋼線がきしみ、重量のあるライトが左右に揺れた。光が不規則に客席を走る。あれが落ちれば、誰かが死ぬ――。前列から悲鳴が聞こえた時、身体が、勝手に動いた。

 止まれ、と念じた。次の瞬間、照明は本当に止まった。

 空中で、ぴたりと。

 私は凍りついた。観客も、誰も動かない。世界が息を止めたようだった。

 私は、その静止の中で、観客の顔を見た。恐怖と混乱、そして――あっけにとられたような"本物の表情"。それを見た瞬間、胸の奥で何かが弾けた。もっとだ。もっと驚かせたい。その顔を、さらに見たい。私は無意識に手を伸ばした。照明が、ゆっくりと空中を滑る。客席のざわめきが広がる。私自身、何が起きているのか理解していなかった。ただ、これが舞台の演出として成立しているなら、最高のショーになる。私はそう信じた。

 やがて照明が静かに元の位置に戻り、光が再び客席を照らした。観客の何人かは拍手を送った。けれど、その音には迷いがあった。私はそれに気づかないふりをした。ステージを降りたあと、膝が震えていた。あの瞬間の感覚――手を伸ばせば、世界が動くような感覚が、まだ身体に残っていた。

 それからのライブで、私は自分を抑えなくなった。思いどおりに動く照明も、空中で燃える紙も、全部、演出の一部にできると思った。何処にもつながっていないフラッシュペーパーに火を灯し、漂う炎を掴むように見せた。マイクの位置が勝手に変わっても、観客はきっと、それをトリックだと理解するだろう。現実と幻の境界が曖昧になるほど、ステージは熱を帯びた。観客は歓声を上げ、ときに息を呑む。私はそれを成功だと思った。これこそ私が生み出した、"奇跡の舞台"だと信じていた。

 だが、観客は徐々に減っていった。拍手の数が減る。歓声のタイミングがずれる。私が汗だくでステージを走り回っても、場の空気は冷たくなっていく。

 ――どうして?こんなに頑張っているのに。

 私は光を強め、音を重ね、動きを速めた。息を詰め、全身の神経を使って、奇跡を再現しようとした。それでも、熱は届かなかった。観客は戸惑い、視線をそらした。笑顔のかわりに、恐れの色が混じっていく。

 数週間も経つ頃には、観客は半分になった。主催者の態度も曖昧になり、メンバーとの距離も広がっていった。楽屋では私のいないところで、小声の話が増えた。「あの子、何か変なことしてる」「照明が勝手に動いた」――そんな言葉が聞こえてきた。

* * *


 夜のホールに、私ひとりだけが残っていた。スポットライトを点ける。埃を含んだ光が、ステージを斜めに照らす。マイクを握りしめ、客席に向かって言った。

「ねぇ、聞こえる? 私、ちゃんとやってるのよ」

 返ってくるのは、自分の声だけ。反響が壁を這って、遠くで消えた。まるで誰かが小さく拍手してくれたみたいに、空気が一度だけ揺れた。

 そのとき、背後で小さな音がした。

 振り返ると、スポットライトの逆行の中に、猫のような生き物が浮かんでいた。昆虫を思わせる半透明の四枚羽をゆったりと動かし、フサフサのしっぽを四本揺らしている。その瞳は金色と水色のオッドアイで、金色のほうは、同じく金色の仮面で縁取られていた。

 猫妖精――そう呼ぶのが、いちばんしっくりきた。

「……へぇ、これが噂の子か」

 少年のような声。軽く、どこか楽しんでいる。

「誰?」

 私は心の動揺を悟られないようにしながら、その奇妙な存在を見つめた。

「ただの通りすがり。最近さ、面白い力を持った人間を探してるんだ。君みたいなね。」

「知ってる? 君、今けっこう話題になってるんだよ。マジックと称して本物の超能力を使うアイドル――"サイキックアイドル"ってね。」

 私は答えなかった。

「あの日の動画、見たよ。君があの、上についてるライトを、空中で操っていたやつ。あれが初めて使う異能だとしたら、とんでもない天才だ。」

「怖がらなくていい。むしろ歓迎したいくらいさ。君には、もっと相応しい舞台がある。」

「……相応しい舞台?」

「うん。そこでなら、どんなに能力を使ったっていい。君の全力のショーに、観客はきっと息を呑むよ。」

 妖精は笑った。仮面の縁が、ライトの残光を受けてかすかに光る。

「――行ってみる?」

 その瞬間、ステージの照明が一斉に点いた。

 白い光が波のように押し寄せ、世界が溶ける。

 耳の奥で、誰かの拍手が響いた。まるで、幕が上がる合図のように。



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続きは2026年8月頃、アプリ内にて公開予定です。



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